あてもなく

誰かへの手紙



家事を改めて「労働」と定義する 「ワーク・ライフ・バランス」への第一歩

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前回の記事に続いて、わたしの生活と「家事」という仕事について考えてみたいと思います。

 

わたしの1日 

平日のわたしの起床時間は朝5時半です。

子供と夫はそれぞれ違う時間に起きて登校・出勤しますが、最終的に家族がみんな出かけてしまってわたしが家に一人になるのが7時過ぎ。朝食の後片付けを済ませると7時半。

起床から7時半までの約2時間は朝食を作ったり外出の準備をする家族のサポートをするための時間なのでわたしにとっては労働時間になります。

夕飯は17時半頃から作り始めます。家族みんなが食事を済ませてすべての洗い物が終わるのがだいたい20時半頃。その間の約3時間も労働時間です。

合わせて5時間。朝晩どちらも自分が食事をとる時間を含んでいますので、その時間は労働時間から除くとして、朝晩合わせて1時間引きます。

これでまず朝晩の固定的な労働時間は約4時間であることがわかります。

 

朝食の後片付けが終わる7時半から夕飯を作り始める17時半までの約10時間がわたしが自由に配分を考えて動ける時間になりますが、その中で、あと何時間ほど家事をすれば良いのでしょうか。

 

1日のうち、家事のための時間はどれぐらいが適当か?

労働基準法によると、労働時間は休憩時間を除いて1日8時間までとする決まりがあります。www.mhlw.go.jp

 

よって、それに倣ってわたしの家事労働の時間も上限8時間にしたいと思います。

そうすると、家族が出払った後から夕飯作りを開始するまでの間に家事に充てられる時間は4時間ということになります。 

 

昨日の記事で切り分けた通り、「炊事・洗濯・ゴミ出し・軽い掃除機掛け」は毎日必ずやるルーティンになっています。

そのうち、炊事が朝晩固定の4時間にすっぽり収まります。残りのルーティン家事をやるのにおそらく合計で1時間ぐらいでしょうか。

それから、家計簿をつけたり手続き関係の書類を書いたりする事務的な仕事の時間も必要です。その他細々とした名もなき家事のために、合わせて1時間ぐらいは見ておきたいです。

残り2時間。ここに、週1回ぐらいのペースでやることにしている肉体労働系家事を当てはめます。

昨日は「体力的な制約により、肉体労働系家事は1日2つまでが限界」と定義しましたが、なんと、労働時間の制約から考えてもやっぱり肉体労働系家事は1日せいぜい2つまでが限界であることがわかりました。

(2つの方向からアプローチして同じ結論にたどり着くのは大変気持がいいものです。これだけでも昨日から長々書いた甲斐がありました)

これ以上家事的なことをやると、あとは残業です(笑)

 

ということで、家族が出払ってから夕飯作りを始めるまでの10時間から労働時間4時間を引いて、わたしには1日6時間ぐらいは自由に使って良い時間があるということがわかりました。

その時間を使ってブログを書いたり簿記の勉強をしたりすれば良いわけです。近所の友達とランチに行ったり美容院に行ったり、ウインドウショッピングに出かけたりすることもできます。

それを「贅沢」「優雅」とか思う必要はないのです。

ちゃんと8時間働いてるので当たり前なのです。

(なんなら土日だってルーティン家事は休めないので労働基準法的には時間外労働もやってます)

 

家事以外の仕事を持つということは

家事を全部こなした上で、1日6時間=1週間(平日)にして30時間の空き時間がある。

そう考えると、以前、家事を100%負担しながら10~17時(7時間拘束・実働6時間)のパートに行けていたことにも合点がゆきます。

パートは週4日だったので1週間で28時間の拘束です。

計算上、ほぼピッタリ収まります。

 

家庭ではない場所で仕事を持つということ自体は楽しかったです。

自分の得意なことを活かせたし、何やっても大抵褒められたので。

基本的にずっと座っていられるオフィスワークだったので体力的にもそれほどキツくはありませんでした。労働という感覚は半分ぐらいで、あとは社会勉強というか居場所づくりというか…部活に行ってるみたいな感覚でした。だから5年も続けられたんですね。

だけど、末期の頃になると仕事を通じて学べることはどんどん少なくなって、楽しさも減っていって。ついにパートは自分にとって完全に「労働」になってしまいました。

パートが完全に「労働」になってしまうと、家事+パートの日々はもはや「働きすぎ」以外の何物でもありません。

そうなると、もうパートを辞めることに躊躇はありませんでした。

 

家事は「裁量労働」と言えるだろうか 

さて、「働き方改革」などが叫ばれているご時世では、わたしがこの話を進めるために前提とした「1日8時間労働」という考え方自体がそろそろ古い考え方になろうとしています。

「時間ではなく成果で評価する」「裁量労働」へシフトするとすれば、家事だって効率化して1日8時間もやる必要はないかもしれません。

「ちゃんとできてさえいれば」ね。

ただ、家事というのはどこまでテクノロジーが進化しても、手作業中心の終わりなき仕事の連続であり、「成果」の基準も曖昧です。

そこへ「裁量労働」という考え方を導入してしまうと、家事は当事者が満足するまで終わらない泥沼にもなりえます。

そんな泥沼から主婦(夫)=家事労働者を守るためには、あえて「8時間」という時間の括りは大事にした方が良いんじゃないかとわたしは思います。

 

主婦(夫)は法律上は労働者ではないので労働基準法の対象ではありません。

誰に雇われているわけでもないのでね。

ですが、だからこそ自分の心の中に労働基準法のような基準を持っておく必要があるのではないでしょうか。

 

まとめ

以上、昨日から2日にわたり家事という仕事について考えてみました。

主婦(夫)業というのは、育児まで含めるとさらに例外・イレギュラーが多すぎて定量化が難しい分野ですが、やや強引に単純化して話を進めてみました。

自分的には、今まで「なんとなく」やっていた仕事の中からいろいろな発見があったので、大変おもしろい作業になりました。

 

末永く充実した人生を歩むためには「ワーク・ライフ・バランス」を考える必要があると言われていますが、世間一般に、家事は「ワーク」ではなく「ライフ」に組み込まれてしまって有耶無耶にされているような気がしてなりません。

家事をきちんと「ワーク」と定義していかないと、家庭の中で家事労働をメインに担当している人はその「ワーク・ライフ・バランス」の議論から取り残されてしまうと思います。

 

第一歩として、自分の生活の中で家事労働がどれ位の割合を占めているか把握するところから始めてみました。

 

少しでも、同業の皆様のご参考になったらいいなと思います。