あてもなく

誰かへの手紙

キャリアカウンセリングを受けて考えたこと、これからのこと(2)



そもそも2ヶ月も経ってこの話を書こうと思った理由は、「9月に入って時間ができたから」というの以外にもうひとつあります。

それは、つい先日、担当のキャリアカウンセラーさんから「その後どうですか」という電話を頂いてしまったのです。

ああ、そろそろちゃんと自分の結論を言葉にしなければいけない、と重い腰を上げました。

 

カウンセラーさんによると、9月に入って、新しい求人がたくさん出ているので活動するなら今がチャンスだという。

お子さんの夏休みが終わってもしお時間できたなら是非この前の続きを、と。

 

無料のサービスだというのに、なかなか手厚いことをするものだとびっくりしたけれど、そこまでするってことは「あなたならすぐに仕事が決まるでしょう」というのはおそらくテキトーな励ましなんかではなくプロの見立てとしてある程度本当のことなのだろう。

 

つまりわたしは、少なくとも、誰にも雇ってもらえる見込みがないほど無価値で無能なわけではない。意志に反して働けない人ではないということです。

それからもうひとつ、どんな仕事をしても最後はつまんなくなってやめてしまう問題について、それがわたしの欠陥ではなく「将来を見据えない、ただのパートやアルバイトなんかつまんなくて当然」とプロから言ってもらえたのだ。

 

キャリアカウンセリングによってそのことが確認できたことは大きい。

おかげで、今度こそちゃんと、働くか働かないかを自分の意志で選ぶことができる。

 

キャリアカウンセラーが描いたシナリオ

わたしのような人間が「面白い」と思えるぐらいの仕事をするには、ある種の「専門家」のようなものを目指す必要がある。

パートやアルバイトではなく「自分でする仕事」に就かなければならない。

それは週2~3日、1回3~4時間というような勤務形態で出来る仕事ではない。

最終的に手にするのは、フルタイムの正規の仕事だ。

今は子育てがあるからパートで探す。それでもここからは何らかの目指すための修行期間として働くのだから、これまでの使い捨てパートとは全く違う向き合い方になるはずだ。だから、子育てが終わるまでの数年はパートで働くことになるとしても、決して退屈はしないだろう。

 

 わたしが、「働く」ということを軸に人生を面白くしようとするならば、キャリアカウンセラーさんが示してくれたこのシナリオが正解なんだろうなと思います。

キャリアカウンセラーは、相談に来た人を「働く」ほうへ導くのが仕事ですから、こういうシナリオになるのは当然です。

 

 

自分の中に生じた強烈な違和感

わたしもフワフワした人間なので、キャリアカウンセリングを受けた当日はある程度その気になってしまった部分もありました。

だけど、やっぱり心の奥底にものすごい違和感。

その違和感と向き合うことなしには、先へ進めません。

 

その違和感とはもちろん「そしたら、家族の生活はどうなるのだろう」ということです。

キャリアカウンセラーは子育てが終わればわたしの荷物は何もかもクリアになるかのように言いますが、決してそんなことはありえない。

子供が大きくなったからといって、風呂やトイレが汚れなくなるわけじゃあるまい。むしろ汚れる。

ご飯だってたくさん食べるし、着たもんは洗濯しなきゃいけないし、ゴミも出る。

それは子供だけでなく、わたしを含む家族全員について言えることです。

複数の人間が家を拠点に生活をしていれば、その人数の分だけそこには絶えず仕事が発生します。

それを人は家事と呼びますがね。

「子育て」なんてのはむしろその家事から派生する仕事の一部であって、それが終わったところで家事そのものが終了になるなんてことはありえない。

少なくとも、わたしの家ではそれがあと数年で終わりになるってことはあり得ないわけですよ。

 

だとしたら、そもそも「何年かはパートで修行して、そのうち正社員デビュー」なんていう考え自体が絵空事じゃないですか。

 

そして、ふりだしに戻る?

いや大丈夫、ちゃんと進んでます。

 

「働く」

パート・アルバイト→つまんない

人生賭けてやる正規の仕事→おもしろい

 

これはキャリアカウンセリングの中でハッキリしました。

「働く」の枠の中で「おもしろい」を実現するために、人生を賭けてやる正規の仕事を持つことを勧められたのですから。

 

しかし、わたしには家事という大事な仕事があって「働く」の中の「おもしろい」方に手を伸ばすことはできない。

 

それならば、あと考えられるのはこれしかないです。

 

「働かない」!!!

 

わたし働かないことにしました

最初からこれしかなかった気がします。

でも、いろんなパートやアルバイトをやってみないと、そもそもそれらの仕事はつまんないんだってことに気がつけなかったので必要な経験だったのでしょう。

 

今までずっと「働かない」のが一番つまんないに違いないと思って「働く」ことばかり考えてきたので「働かない」に関してはまだまだ研究が進んでいません。

よく研究してみれば、ひょっとしたら「働かない」の中にも「おもしろい」があるかもしれない。

わたしはしばらくはこの可能性に向かっていろいろ挑戦してみたいと思います。