あてもなく

誰かへの手紙

「働きたい、頑張りたい」だったわたしが最近そうでもなくなった理由(2)

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昨日の記事の続きです。

「役に立つ人」になりたかった

今回の就職活動では、応募2社目で採用が決まりました。

かれこれ6年前になりますが、子育て明け10年のブランクでパートを探したときは何社も書類落ちを経験したものでしたが、今回はどちらも書類を送ったらすぐ面接に来て欲しいと連絡がありました。

40を過ぎてからは女性のパート希望でも年々就職が難しくなるとちまたではよく聞きますが、もしかしたらちょっと時代が変わったのかもしれないし、わたしの、役所で2年・カード会社で4年働いた実績や「簿記2級」の肩書きが意外と効いたのかもしれないですね。

とにかく以前とはかなり違う手応えを感じました。簿記検定合格を応募条件にしている会社だけを選んで応募したこともあり、直近で簿記2級を取ったことはどちらの会社の担当者にも高く評価していただきました。

結局、最初に受けた会社では勤務時間や日数の条件が折り合わず不採用となりましたが、次に受けた税理士法人でめでたく採用となりました。ひとまず、無理なく始められるように1日4時間・週4日の契約となりました。

 

まあ、その職場は結果的にハズレだったわけで、その経緯については先日こちらの記事で書いてありますので良かったらご参照ください。

 

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だけど、いじめられたから「働くなんてもうどうでもいいや」って思うようになったというわけではありません。もう少し話は長くなります。

欲張りの理由

わたしが仕事に求めていたことは、「人より役に立つ人間だと周りに認められたい」ということでした。

一方で家庭でも、できるだけ多くの収入を得て家計に貢献し、家族に対してもよりわかりやすく役に立ちたいと思いました。とはいえパートの給料では大黒柱のように稼げるわけはないので、家事や家族のサポートもしっかりやって、家族からもお母さんはすごいな、役に立つ人間だな、と認めてもらいたいと思っていました。

そんな中、子供の高校のPTAの会長から、次年度から重い役職に就いてもらいたいと打診を受けたので、そのことも光栄に思い喜んで引き受けることにしました。

その上、ファストフードのアルバイトも辞めずに、事務所の非番の日に時々顔を出しながら細々と在籍状態を維持していました。なんとなく新しい職場に早い段階で違和感を感じていたため失業に備えてキープしたというのもありますが、それよりも複数の立場から社会に参加して「世の中をいろんな角度から見ている」という状態が、まあ有り体に言って「かっこいい」って思ったんですね。

 

わたしは大学卒業以来いわゆる定職についたことがほとんどありません。

言葉にして表せるようなキャリアなど一切なく、何の専門性も身につけないまま、ただ年齢だけ重ねてきました。それのどこが恥ずかしいのか、と、自分ではわかっているつもりでいながら、やはりその事実は劣等感となって地味に自分を傷つけていました。

実は、「仕事を続けるために姓を変えたくない」とか「保育園を必死で探さなきゃ」とか、そんな女性たちが訴える社会問題に触れるたび、意味のわからない劣等感で心がチクッとなってしまうようなところがわたしにはあるんですね。

そんなわたしの「お気持ち」なんて、まともに付き合う必要のない、取るに足りない、「悩み」ですらないお化けのようなものであることは自覚しています。

ですが、自覚があってもなお、そこに宿ったエネルギーは、日々の行動や判断にも影響を与えます。やっかいなもんですね。

 

という具合にいろいろ足りてないわたしが、それでも「特別」になるためには、いろんな所にちょっとずつ顔が効く「渡り鳥」のような「さすらい人」のような存在になるのが一番いいのではないか、と。

そういったいろいろが、昨年の終わりからの約3ヶ月、わたしが欲張ってあれこれ抱えまくって暴走してしまった背景になっています。

思えばそれより前からの、簿記の資格を取ったり英語の勉強をしたり、そんなのもみんなつながってるんですけどね。

 

その中でいじめに遭ったのも、体を壊したのも、まあ、大きく見ればやはり「出発点がなんかおかしい」ことに気付くためには、必要な事だったのでしょう。

遠回りではありますが、そんな遠回りをしても一切困らない程に、わたしは恵まれた立場にいました。

家族それぞれの活動がうまくいっていること、夕方には元気に家に帰ってきてくれること、わたしにいろんな話をしてくれること、困ったときにはわたしを頼りにしてくれること…

そして、それこそがわたしのキャリアなのだと、それを誇りに思わずにいてどうする、ということを、わたしはもっと理解していなければいけなかったわけです。

 

長くなりましたが、まだ続きそうです(笑)