あてもなく

誰かへの手紙

主婦が誇りを持って生きていくために



ちょっと久しぶりになりました。

今日は、こちらの記事を読んで思った事を書いてみたいと思います。

 

topisyu.hatenablog.com

 

「40歳で特別なスキルのない主婦が、経済的に自立するために何をしたらいいのか」

家庭を支えるため、自分のキャリアを積まずに40歳になった主婦。

キャリアのない自分に自信が持てず、惨めな気持ちになっている、と。

 

そんな自分が社会で働き自分で稼ぎ、自信や誇りを取り戻すためにはどうすれば良いか?という質問。

それに対して筆者は、キャリアのない女性が社会復帰するためにどうすれば良いかを丁寧にアドバイスされています。

 

「このわたしが、一人前に稼げるようになるにはどうすれば良いか」

という質問なので、こういう答えになるのは当然でしょう。

だけど、本当に、この人がこれから自信や誇りを持って生きていくために必要なのは「社会に出て働き、お金を稼ぐ」ということなのでしょうか。

そうでなければ、人は「一人前」ではないのでしょうか?

 

先日わたしが書いたこちらの記事とリンクしている話だなと思いました。

 

www.atemonaku.com

 

この記事の中でわたしは、RPGにたとえて「主婦というのは、自分が頑張って得た経験値を自分のレベルアップに使う代わりに、同じパーティーの構成員=自分以外の家族=夫や子供に振り替えてレベルアップさせることができる職業だ」と書きました。

この記事を書いた時はおもに「専業主婦」を想定して書きましたが、この相談者のように家庭に軸足を置きながらパートやアルバイトで働いてきた主婦も同じです。

 

主婦というジョブでは、自分が得た経験値は自分個人のものにはならない。

パートやアルバイトで働いたって、それは自分のキャリアにはならない。

経験値は、自分ではなく夫や子供の足元に積み上がっていく。

つまり、自分が振り替えた経験値が夫や子供の成長を押し上げているという状態です。

 

主婦は、そのことを自分の「成果」としてもっと実感するべきだとわたしは思います。

夫の稼ぎや社会的地位、子供の成長。それらはみんなわたしの手柄だ。と、そのぐらい思って当然なのです。

それらを全く見ず、個人としての自分の足元だけ見て「家事と子育てに追われた結果自分には何も残らなかった」と考えるのはあまりに視野が狭い。

自分から悲劇のヒロインになりに行っているようにしか思えません。

夫の転勤に仕事を辞めてついていかなきゃいけなかったとか、子供の世話をするために非正規の仕事しかできなかった、っていうのは「手放した」のではなく、振り替えたってことです。

あなたの経験値、あなたが生み出した価値は、ブラックホールに消えたのではなく「家庭」の中に積み上げられているはずで、それはみんな自分のものだと自覚するべきです。

 

それが急に夫と自分を比べて「自分が下だ」とか「あいつに勝ちたい」とか言い出すのって、なんか支離滅裂じゃないですか?

もし敵だと思ってるなら、なんで自分の経験値を渡したのよ。

夫があなたより強いのなんて、当たり前じゃん。あなたが育てたんだから。

 

さて。

自分の経験値を自分以外の人間に振り替える、というのはある種の賭けのように思われるかもしれません。

だけど、競馬のように馬券を買ったあとはただ馬が走るのを柵の外から見てるしかないギャンブルとは違って、この賭けは、ちゃんとその勝負の行方に自分も関与・貢献することができます。

そういう意味で、この賭けはただのギャンブルではなくて、投資みたいなもんだと言えるかもしれないですね。

つまり、主婦は夫や子供の大株主ってこと。

自分が持っている資産の価値を上げ、より大きな成果を得るために、主婦はまずは家族との信頼関係を築き、それから家族の心身の健康状態や身だしなみ、家族を取り巻く周囲の人々との関係にも気を配ったりするわけです。

夫の収入であなたが暮らせているのは、好かれてるから愛されてるから「養ってもらえてる」わけじゃない。投資に対するリターン、配当みたいなもんです。

 

たとえばマンションの前をいつも熱心に掃除してる人がいるなあと思ったら大家さんだった、みたいなことってありますよね。

自分の持ってる資産の価値を上げるために、自分ができることをやる。

家の掃除をしたり食事を作ったり、子供の面倒を見たり。PTAや地域のボランティアに参加したり。それらはみんな最終的には自分たち家族の価値を上げるための活動です。

地味で地道な行いですが、主婦という仕事の本質は、実は資産家のそれと似てるのかもしれないですよね。

 

というところまで考えると「結婚して家庭に入る」という営みに「経験値をドブに捨てる」ような認識で向き合うことは、大変もったいないことだというのがわかるのではないかと思います。

「名もなき家事」を嫌がったり、PTAの役員なんか絶対無理!と突っぱねるのも、それが「ドブ」だと思ってるからでしょう。そんな事よりパートにでも行って稼ぐ方がまだ社会的に価値があるって思ってるかもしれない。

だけど、本当にそうかな?

「マンションを持ってるけど、なんかヒマだからコンビニでバイトして小銭を稼ごうか」みたいな資産家ももしかしたらいるかもしれないけど、バイトに行ってるヒマがあったらマンションの前の掃除をして花壇でも育ててるほうがよほど理にかなっているのでは。

 

というわけで。

「主婦」というもののあり方について、ジェンダー論的な観点からも議論は続いていますし、いろんな考え方があるのも承知しています。

女性が姓を変え家庭に入り自分以外の家族のケアをするのが当然だ、とはわたしも思いません。

が、現実として社会にたくさんいる主婦という立場の人が、自分の仕事の価値を正しく把握せず誇りを持てずにいるというのは非常に残念なことだと思います。

 

会社で働いて収入を得ることだけが「自立」なのでしょうか?

主婦は自己決定権のない奴隷なのでしょうか?

 

その考え方は改めていかなければならないのではないでしょうか。