わたしも3月からほぼ専業主婦、そして昨日からはついに「ほぼ」の字もとれて、専業主婦になりました。2年ぶり3回目の専業主婦生活です。
うちは子供がいるし、家事は(得意ではないけど)それなりに責任を感じて行っているので、わたしにとってこの生活はとても「お気楽」とまでは感じられないけれど、コレばっかりは多分「損な性分」のせいであり、本来であれば「気楽」な部類に入る生活なのかもしれない。
最近ちょっと楽しさが減っているのは、コロナのせいであって、この身分のせいではないと思う。
なんでこの話かっていうと、今日こういう増田が盛り上がってたからですね。
この方が「ほんっっと毎日最高にラクで平和だ」と喜んでいるのは大変良いことだと思う。
本文の中に「楽しい」という言葉が一つも入ってなかったのは少しだけ気になったけど、多分その人の言葉遣いのクセみたいなもんだろうと思うし、あまりそこは深読みしないことにしたい。
大体こういう文章には否定的なコメントが付きがちで、わたしなんぞは性格が悪いのでついつい「どんなコメントがついてるかな~?」という方に興味が湧いて、本文よりもブコメの方を中心に追ってしまった。
本人が幸せならそれが一番、という肯定的なコメントも多分半分近くある。わたしも同意見だ。
「自分だったらつまんなそうで無理」「孤独を楽しめるのも才能、うらやましい」というような意見もある。ああ、これもわかるわかる。
わたしもねえ、あんまり平和すぎるとつまんなくなってきて、時々闇落ちしそうになっちゃうんだよねえ。難しいね。
その辺までは大体良いんだけど、気になるのが、
「旦那さんに万一のことがあった時のために、少しは社会との繋がりを持っておく方が良いと思う」
「旦那に捨てられたら終わり」
「多少はリスクヘッジした方が良いのでは」
などの意見。
これ、専業主婦やってるとよく言われるし、多分本気で心配してくれるのかもしれないけど、大きなお世話だぜ、って思ってしまう。
学校に行ったり社会で賃金労働せずに過ごしている時間のことを、世の人は「ブランク」と呼ぶ。そして、その「ブランク」という時間は人を成長させない、あるいは人を退化させるものだと信じている人がすごく多いよね。「職務経歴に穴があく」などと。
だけどね、なぜ、日々家事をして、空いた時間に好きなことをして過ごしている間に、その人が「何もできない人」になってしまうと思い込めるのか、わたしはそっちの方が不思議で仕方がないのだ。
わたしはこれまで専業主婦と兼業主婦の間を行ったり来たりしてきた。
「視野を広げたい」「社会と関わっていたい」と考えて色んな職場でパートやアルバイトを経験してきたものだけれど、実際に働いてみるとすぐに「案外視野も世界も広がらない」ってことがわかる。
働き始めた最初の頃こそ新鮮だけど、慣れてくれば結局は、5~6人程度の相変わらずのメンバーと、毎日同じ作業を繰り返しているだけになる。
時間にだけはしっかり縛られるので、その分自分の好きなことの最新情報をチェックしたり、本を読んだりゲームで遊んだり、家族の話を聞いたりする時間が減ってしまう。
それよりは、すべての時間の使い道を自分で決められる人、自分で考えて美味しいものや楽しいことを求めて行動できる人の方が、本当の意味では視野が広いのではないかと思う。
わたしに当てはめると、正直、カード会社のコールセンターでほとんど鳴らない電話を待って日がな一日ヒマに過ごしてあの頃の方が、本当の意味で「ブランク」なんじゃないかと思っちゃうぐらい。
仕事中はヒマなのに帰ったら家事に追われて時間がなくて、あの頃のわたしはロクに本も読めず、時事問題にもめちゃくちゃ疎かった。
そんなわけで、職務経歴さえあれば「何かできそう」で、専業主婦をやると「何もできなくなった」ってのもおかしな話だと思う。
ま、雇われ仕事をこれからもやりたい、そのルールの上で生きていきたいんだって思うなら、「ブランクを作らない」ということも戦略としては大事かもしれないけど。
履歴書に書けばあのカード会社勤めも「金融業界経験4年」ってことで立派そうになるのよ。ウケる~。
でも、それもかれこれ3年前の話だから「ブランク」の間に退化したと見做されて、そろそろろ効かなくなってる頃かも。いや~、儚いね。
本来の意味での、人としての「経験」ということで考えるならば、それは本人の心がけ次第だし、もっと言えば別に「経験を積む」とか「成長する」とかいうことを目指してなくても別に誰も困らないし他人にはどうでも良いことです。
要は、「旦那に捨てられたら終わり」とか大きなお世話だし、あんまり変な呪いかけないのでもらえるかな、ってこと。
件の専業主婦さんの生活が、楽しいものでありますように。
わたしもここから楽しい人生を目指したいと思います。