あてもなく

誰かへの手紙



余計な手間はどんどん省きたい

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今日は朝から繕い物をしていました。

わたしは超絶不器用で針に糸を通すのが非常に苦手なので、結婚してすぐの20代の頃から糸通しを愛用しています。

それまでは、「道具に頼らず針に糸を通せてこそ一人前」じゃないですけど、なんとなく恥ずかしい気がしてたんですよね、糸通し使うの。

でも、たかだかボタンをひとつつけるだけなのに、はじめの「針に糸を通す」という工程にバカみたいに浪費してしまう時間がもったいなく感じられて、意地を張るのをやめました。ていうか、わたしがどうやって糸を通してるかなんて誰も見てないし。

それ以来、縫い物に対する心理的ハードルがずいぶんと低くなったので、やっぱりその判断は良かったと思っています。

 

生活の中には、まだまだ「こうあるべき」にとらわれて余計な苦労をしていることがあるかもしれません。わたしはそういうのを探してすっきり合理化するのが好きです。

 

もちろん個人のこだわりっていうのは、理屈とはまた別に、その人の考え方とか仕事への納得感・満足感を支える大事な要素であるので、何でもかんでも合理化するのが正しいというわけではないし、人に押し付けるものであってはいけません。

それは、伝統的な手法や手順を理屈抜きにむやみに人に押し付けてはならないのと同じことですね。

 

ちなみに、わたしがやらなくなったこと。

 

<油揚げの油抜き>

昔はやってたんですよ、ザルに置いた油揚げの上から別途沸かしておいた熱湯をかけて油を抜くというひと手間。でも、なんかお湯を沸かすガス代がもったいないし、油がついちゃったザルを洗うのも面倒です。(食洗機的にも場所を食う)

油抜きをする理由もその効果も一応知識としては知ってますけど、やらなかったからといってそれほど味や料理のクオリティに変化を感じなかったのでなんとなくそれでいい気がしてます。でも、個人の感想です。

 

<洗濯物を洗う前に全部表にする>

ウチの家族ってみんなズボラで雑な人たちなので、着てるものを脱いだときほとんど裏返しになっていて、ズボンなんか片足だけ裏返しとかになって洗濯カゴに放り込まれています。以前は「もう~だらしないなあ」などと若干腹を立てながら1個1個解消しつつ洗濯機に移してたんですけど、ずいぶん前にやめました。

とりあえずそのまま洗って、干すときに直す。

きれいにそろえて洗濯機に入れたって、どっちみち洗ってる最中にみんなぐちゃぐちゃになるので結局干すときにしわを伸ばしますよね。裏返しもその工程でいっしょに直すほうがなんかラクだし腹も立ちません。洗浄効果にも差は全く感じません。でも、もちろん個人の感想です。

 

<食洗機前の下洗い>

前に食洗機のことを書いたときにも触れましたが。

漬け置きしたあとスポンジまで使ってだいぶきれいにしてから食洗機に投入している人もいるようで、それが「アンチ食洗機派」を生み出しているように見受けられます。たしかにそんなの全然ラクじゃないよね。

でも、わたし自ら実験台になり、「こんな状態で!?」なやつをそのまま投入してみた結果、ほとんどものが下洗いなしで洗えることがわかっています。

コツは、詰めすぎないこと。ちょっと隙間があってもったいないかなぐらいでスタートしたほうがきれいになります。

あ、例外が1つある!

ゴマ和えやゴマドレッシングなど、ゴマを使った料理は要注意。そのまま投入しちゃうとゴマの皮が拡散されていろんな食器に満遍なくこびりつくので先に落としておいたほうが良いです。

でもほんと、蛇口ひねって上から水をジャーとかけて流しておくだけで大丈夫。

ま、これも個人の感想です。