あてもなく

誰かへの手紙

半年学校に行かなかったら、子供が家事をできるようになった



わたしは子供の頃、ほとんど家の手伝いをしない子供でした。

母親は専業主婦だったので、わたしは家の中に自分がやらなきゃいけないことなんて全然ないと思っていました。

「勉強や部活など、今自分がやるべき事をしっかりやっていればいい」なんて、ハッキリ親からそう言われていたわけではないけれど、まあそんな感じです。

 

時は流れ、今はわたしが専業主婦の母親になりました。

わたしも同じように、子供は学校のことや勉強、友達づきあい、遊ぶことも含めて自分のことを一生懸命やるべきだと思っているので、子供にお手伝いをしなさいと怒ったことなど一度もないし、家事の一部を子供の仕事として割り振ったこともありません。

 

「子供の頃からいろいろやらせておかないと、何も出来ない大人になってしまう」

という考えの人もいるかと思いますが、わたしはあまりそうは思いません。

根拠は「自分がそうだったから」なんですけど。

家事なんて必要に迫られてからやればいいことだと思うんですよね。

人生の選択の結果、必要に迫られず、家事を自分でやらないまま生きていく人もいますし、ほんと人生いろいろですよ。今はお金で解決出来ることもいっぱいありますし。

 

家事にもそれなりにセオリーやコツみたいなもんはありますが、本や雑誌で見たりネットで調べたりしながら、自分に合うやり方を見つけていけばいいと思います。

古い人間が惰性でやっている家事の中には「思い込み」や「こだわり」だけで仕事とされている無駄なものも案外多いので、それら全部ひっくるめた「家事道精神」のようなものを、何か大事な伝統のように新しい人に押しつけるのが、わたしは個人的に好きではないのです。

 

と、前置きが長くなりましたが。

そんなわけで我が家では子供にお手伝いなどを強制したことはなかったのですが、ウチの子はなぜか高校生になったぐらいから、なんとなく料理に興味を持つようになりました。

学校に行っている期間はとても忙しいので時間が無いけれど、夏休みなど学校の長期休みの期間などには、夕飯を作る頃になるとフラッとキッチンにあらわれて料理に手を出してくるようになりました。

そんな折、コロナの影響で今年は3月から学校が休校になりました。

その後オンライン授業に移行して一度も登校しないまま夏休みに突入。

そうして約半年の間、子供はほぼずっと家から出ない生活を余儀なくされました。

その間、子供はずっとほぼ毎日のようにわたしと一緒に夕飯を作ることになってしまったわけです。

そうなるとね、もう「出来ないまま」でいることの方が難しいわけです。

 

最初はお米を研ぐとか野菜の皮むきとかそういう小さなことからやり始めたお手伝いが、今では献立を聞いただけで勝手に冷蔵庫から使う食材をピックアップすることができるし、黙っていても適切な形に切り刻めるし、複数の料理を並行して進めることもできるようになりました。

まだわたしが不在のときに料理を作った経験はないけれど(わたしが不在のときがないので)、どうしてもという状況になれば、自分で献立を考えて買い物に行ってその日の夕飯をイチから用意することもできるようになってるんじゃないかと思います。

 

わたし自身の中に「子供に家事が出来るようにさせなきゃ」という思いは一切なかったけれど、結果として子供が家事スキルを身につけられたことはとても良いことだと思っています。

子供にとって一生の財産になりますし、自信にもなっているでしょう。

 

子供が半年間嫌にならずにキッチンに立ち続けられたのにはそれなりに理由があると思います。何が良かったか。自分なりに思うことを書きます。

 

強制しない

子供が夕飯時にキッチンにやってくるのは「ほぼ毎日」と書きました。「必ず毎日」ではありません。わたしが夕飯を一人で作っている間、子供がキッチンに現れないこともあります。

宿題などで忙しいときはもちろん、たとえヒマでスマホをいじったりゲームをしているようなことがあっても「今日はやらないの」などと余計な声かけは一切しません。

子供が料理を手伝いに来ることはお約束やお仕事ではなく、趣味の一環と捉えています。

指示は明確に

食材を「食べやすい大きさに」「一口大に」切る、という指示はお料理界ではよく見かけるものですが、料理を知らない人にとっては、食材そのものを目の前にして、果たしてどんな大きさに切るのが「食べやすい」のかイメージしづらいものです。

 

唐揚げを作るよ、お肉を食べやすい大きさに切ってね。

あなた唐揚げ好きでよく食べるんだから、1個がどれぐらいの大きさかなんていつも見て知ってるでしょ。

なんて言ってしまいそうですが、実際のところ、目の前の生のお肉の塊と、自分の知ってる完成品の唐揚げを結びつけてイメージするのって、慣れてない人にはなかなか難しいんじゃないかと思うんですよね。

そういう時はひときれだけ切って見せて、「これと同じぐらいの大きさに」など、もう少し具体的に指示をするとわかりやすいみたいです。

失敗を責めない

もし本人なりに「一口大」と考えたサイズで切ってしまったものが、わたしが考える一口大より大きかったり小さかったりしてもいちいち言わない。今更言ってももとには戻らないわけですし。

それで揚げてみて、実際に本人が食べた時に「やっぱり大きかったね(小さかったね)」と言うかもしれないし、あるいは食べてみて「案外気にならない」のであれば失敗ですらない。

 

料理の「さしすせそ」なんてよく言います。調味料を入れる順番ですが。

あと、炒め物や煮物も火が通りにくい食材から順番に入れるとか、それなりにお作法はあります。

そういう基本は一応教えるけど、それを間違えたからと言って責める必要はないと思います。

正直「さとう」と「しお」の順番が逆になったところでそんなに味は変わんないですよ。

できるようにさせようとか思わない

今までに何回も作ってる料理なのに「どうやって切るんだっけ」っていちいち聞かれるってこともあります。そんなときは普通に教えます。一口大もわかりづらいようだったら毎回見本を1個作ります。

本人が「もう大丈夫」って言うまでちゃんとイチから教える心構えです。

いつまでもできるようにならなくたって別にいいのだから、「何度言ったらわかるんだ」みたいな叱責する必要もないのです。

場合により断る

わたしの方に余裕がなくて、あれこれ教えながらご飯を作る気力が沸かない時もあります。

また、ものすごく忙しくて時間がないときにも、ひとりでやる方が正直早いので、

「今日はひとりでやるね」

とか言ってわたしのほうからお手伝いを断ることもあります。それも遠慮せず正直に言います。

自分が手伝うことが却って母の負荷になる場合もあるということを、子供自身が知っていることは大事だと思います。

まとめ

ここまで料理のことばかり書きましたが、子供がやるようになった家事、もうひとつは洗濯物を畳んで所定の位置に仕舞うこと。

これも、実はわたしが料理の合間(煮えるのを待ってる間とか)にちょこちょこやってたことを、子供が真似してやり始めたのが、今では黙ってても手が空いた時に勝手にひとりでやってしまうようになったという状態です。

洗濯物も同じで、わたしがいつも畳んでるのと違う形に畳んであってもいちいち言わない。本来の収納場所と違うところに入ってた時にはさすがに「これはここじゃないよ」って後から指摘することもあるけれど、怒らない。気が向いた時しかやらないけど、それも全然OK。

 

まとめると、楽しく続けるコツは「一切、苦しませない」ことだと思います。

そのために「教える側も一切苦しまないこと」ですね。