あてもなく

誰かへの手紙

暗黒日記

子供の学校では今週からオンライン授業が始まり、子供は家に居ながら、曲がりなりにも学校生活をスタートさせました。

夫のほうは、相変わらずテレワークに従事中。最初の頃は電話とチャットが中心だった連絡手段ですが、世の中の流れに乗ってオンライン会議などがちょこちょこ入るようになりました。

というわけで、我が家では2人の人間が、それぞれ外の世界に繋がって、よその人たちと窓越しに社会生活を営んでいるという状態です。

そんな中、外の世界へ繋がることもなく部屋でじっと時間が過ぎるのを待っている人。それがわたし。

 

わたし、ホントに何もないんです。

世界がこうなる前からずっとそうだったけど、わたし、ホントに何もなくて。

誰からも呼ばれない。

誘い合わせてたまにランチに行く友達とかはすこしだけいたけど、わざわざZOOMで会わなきゃいけないほどでもない。「集まる」ような仲間もいない。

仕事だって、シフト希望を出さなければ永遠に行かなくても「大丈夫」。

 

いつでもスッといなくなれるというのは便利だなあ、と最初は思っていたけれど、世界がこのまますべての人に「外に出る」ことを禁じ続けるのだとしたら、わたしはこのまま社会と繋がらないまま死んでいくんだろうなあ。

そう思うと、だんだんいたたまれない気持ちになってきました。

でも、今から焦ったって、もう遅い。

誰も新しい誰かと繋がろうとはしないし、世界はそれを良しとしない。

 

さて。

社会生活を営む家族たちの「外」の生活においては、わたしというのは「影」であり「存在しないもの」なわけですから、カメラの映像にわたしが映り込んでしまうなんて、あってはならないこと。

だから、会社と学校への窓が開いてしまった家の中での行動には、ちょっと気を遣います。

 

子供から授業の合間に資料のプリントアウトを頼まれたので、早速印刷して部屋に持って行ったところ、部屋の中から「親フラの危機!」などときゃーきゃー騒ぐ声が聞こえてきました。

(うるせーよ。こっちだって、そう簡単にカメラに映り込むつもりはないわ)

 

「親フラ」ってなあにって方はこちら。

dic.pixiv.net

 

今日の午後は二つの部屋で同時にオンライン会議とオンライン授業が行われている状況になって、なんかわたし、心がぐちゃーってなってしまったので、少しだけ家出をしてきました。

といっても、近所のショッピングモールのカルディをちょっと覗いてきただけですけどね。

前にこの記事で紹介したタイカレーを、いよいよ作ってみようかなと思って。

 

www.atemonaku.com

 

カルディも入場制限なんかして、ところどころ棚が寂しかったりもして、ああ日常とはほど遠いなって思いました。

でも、クルマを走らせて少しいつもと違うことをしたので、少しだけ気持ちが紛れましたよ。

 

結局のところ、こんな感じで小さくガス抜きしながらやってくしか、今は方法がないのかなあ。

ま、キレないようにぼちぼちやります。きっと、大丈夫です。