あてもなく

誰かへの手紙



好きな物だけに囲まれた生活に憧れて 捨てすぎて失敗した話

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ある日テレビでしきりと「断捨離」という言葉を連呼していることがあって、それを聞いていた子供に「ダンシャリって何~?」と聞かれました。

主婦の方々のブログを読んでいると「断捨離」という言葉を見かけない日はありませんので、わたしの中では「断捨離」なんて一般的に浸透している用語のような気がしていましたが、一種の業界用語のようなものですので、世代や所属している社会が違えば全く通じない言葉のようです。

 

なんとなく気になって断捨離という言葉について調べてみましたが、2010年の流行語だったそうですね。この言葉を著書で発表し、広めた人が誰であるかもハッキリしていますし、その人の登録商標でもあるようです。昔からある言葉ではないんですよね。

「要らない物は思い切って捨てる」「持ち物の大規模な棚卸し」ぐらいの意味で使ってしまいがちですが、どうやら本来はもっと哲学的な意味合いがあるようです。

ただただ持ち物をどうこうするというだけでなく、物を手放すことによって自らのこだわりや生きづらさからも解放される、みたいな。そんな感じ?

わたしには、そういう「人生の課題」みたいなものと、自分の持ち物の取り扱いを結びつけるような考え方はちょっと重く感じてしまうので、そういう物とは一線を引いていきたいなという気持ちでいます。

なので、わたしにも必要に迫られて物を減らさなければならなくなることは時々ありますが、「断捨離」とはちょっと違うのかなあと思います。

わたしは、ミニマリストかというとそうではありません。

それなりにたくさんの持ち物を抱えて生きている方ですが、一度、ある本を読んだのをきっかけに、大量に持ち物を捨ててしまったことがあります。

ずいぶん流行った本なので読んだ方も多いのではないでしょうか。

 

 

この本を読んだとき、かなりその気になって、ため込んでいた持ち物を大量に捨てました。

この本では、持ち物を整理するときは一旦全部収納場所から取り出してみて、ひとつひとつの物に対して自分の心が「ときめくか、ときめかないか」の基準で仕分けをしなさい、と説いています。そして、ときめかないと思った物は持っている意味がないので全部捨てちゃいましょうみたいな思い切ったことが書いてあるのですが(大変大雑把な説明ですみません)実際にやってみると、家にあった私物はわたしにとってはほとんど「ときめかない」ものばかりでした。

もちろん、家族の私物や家族の共有物は勝手に捨ててはいけないし、生活のためにどうしても必要なもの(鍋やら菜箸やら)をときめくときめかない基準で計るわけにはいかないので、このとき捨てたのはわたしの個人用の品物だけです。

それでもかなりゴッソリ、大量のゴミが出ました。そして、最後にちょっとした虚無感に襲われてしまいました。

大げさに言えば「自分の人生って何だったんだろう」という感じ。

わたしにはどうしても欲しくて手に入れた物や理屈抜きで大好きな持ち物というのはほとんどなかったということです。

そして、「ときめかないものを捨てて、次からはときめくものだけ買おう」というのが「片付けの魔法」のコンセプトだったと思うのですが、その基準だと何も買えなくなって困ってしまいました。

 

好きなものに囲まれて暮らすというのは、靴下1足、ヘアゴム1本に対しても「好き」という感情を持てる人だけが感じることのできる幸せなのかもしれませんね。

結局、今は必要に迫られて買ったものに囲まれて暮らしています。

そして、好き嫌いではなく「必要かどうか」で冷静に持ち物の処遇を決定します。

おそらく、それがわたしの性格には合っているみたいです。

 

ときめきは感じなかったのに、時々「あれはあのとき捨ててしまった」と思い出して胸が痛むこともあります。そのとき「ときめかない」と判断したものが、本当は自分にとっては実は意味のあるものだったと後から気づく。ものすごくありがちな表現になりますが、やっぱり自分でも自分の気持ちはあまりわかってないってことですね。

これはそもそも自分が「ときめく」という感情が希薄な人間であるということを理解していなかったことによるミスだったんでしょうね。

 

と、ちょっと後悔している「片付けの魔法」ですが、そうは言っても概ね捨てて良かったものばかりだったとは思います。限界を超えた荷物が入って使いづらかった収納スペースに余裕ができて、物の出し入れがスムーズになったので、片付けをすることは必要だったのです。

ただ、少し「気持ち」の取り扱いが合ってなかっただけで。

 

持ち物の取り扱いや量のコントロールに対してはきっと何らかの基準は必要なのですが、他人から与えられた基準を鵜呑みにするのは危険だと思いました。

そんな、失敗のお話でした。