あてもなく

誰かへの手紙



止まない雨はないけれど、傘をさすことも考えたほうが良い

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はてなブックマークで見かけた記事。

ブコメだけでもいろいろな意見があります。

ハッキリ嫌悪感を示す方もたくさんいらっしゃるのはわかりますが、わたしはこういう生き方というか心構えって好きだなあと思います。

cakes.mu

 

家事や育児は、楽に済ませる方法を見つけてそのとおり実行すれば必ず楽になる。

そういう考え方でよく考えて攻略しようとする姿勢、わたしはとても良いと思うし、そのとおりだと思います。

 

「子供ができたら自分の時間が取れなくなる」「ワンオペ育児なんて無理」

って頭から決めつけるのは思考停止だと思います。

この文章を読んで、

「そんなの個人差」

「たまたまやり方がハマっただけ」

「たまたま育てやすい子だっただけ」

って思う人にとっては、育児と家事はずっと辛くて苦しいもののままだろうな。

 

まあ、子育てに手がかかる時期なんて振り返ってみれば一瞬のことなので、歯を食いしばって耐え抜いていさえすえば、子供はそのうち大きくなって、友達や恋人を作って勝手に出ていっちゃうんですけどね。

止まない雨はない、という理屈。

黙っていてもギリギリ耐えられない年数ではないこともまた、育児に対して思考停止になってしまう原因のひとつかもしれません。

だけど、その数年雨に打たれたまま過ごす人生と、雨をしのぐ傘を手に入れた人生ではずいぶんその後の生き方が変わってきそうです。

 

もし傘が手に入らないうちに雨が上がってしまったとしても、傘を手に入れようと努力したか雨に打たれるままになっていたかでは、過ごした時間への思いや自分に対する評価が変わってくるのではないでしょうか。

 

上記の文章を読んでますます惨めな気持ちになってしまう人がいること、追い詰められてしまう人がいることを心配する意見もありますが、だったらこんな文章は書かないほうがいいのでしょうか?

より良くありたいと日々試行錯誤している人にとっては、成功した人の存在そのものが希望にもなりえるので、わたしはこういう発信は必要だと思います。

 

 

「かわいそうね、運が悪かったわね」と慰めてもらったってそれで雨がしのげるわけでもないので。

たとえすぐには正解にたどり着けなくても、毎日「より良くありたい」と願い、「きっと良くなる」と希望を持って過ごして行きたいとわたしは思います。

結果として叶えられたかは別として、「雨に濡れたくはない」という自分の欲求に正直に向き合ったかどうかというのは、自分の中の、自分に対する信頼度に影響を与えます。

わたしは美人でもなければ才能もないただの凡人なので、この筆者の人のように強い文章はとても書けないけれど、心構えは常にそうありたいと思います。

 

そういえば、「年をとると物覚えが悪くなる」とか「なんの経歴もない40過ぎの女が今さら出来る仕事なんかない」とかなんとか。

育児に関してじゃなく、思考停止の呪いは世の中に溢れていると感じます。

 

でも、どんなときにもただ降られるにまかせて雨に濡れる人生は選択したくない。

 

今日はそんなことを考えました。