あてもなく

誰かへの手紙

小さなことからコツコツと



あけましておめでとうございます。

年の初めは、どうしても目標を立てたくなってしまうものです。

昨年は、年の初めに歯医者に行くという目標と1年で100冊本を読むという目標を立て、歯医者に行く方だけは達成できました。

歯医者なんてね、ただ1回行くだけじゃなくて、ちゃんと3~4ヶ月に1回ぐらいのペースで通うことに成功してるんですよ。偉いねw

 

でも、もうひとつの「100冊本を読む」は達成出来ませんでした。

途中まで読書記録をブログで報告したりしていましたが、夏頃から読書量が明らかに失速し、どう考えても目標を達成できなさそうだなと思った時点で目指すのをやめました。

とりあえず、読んだ冊数だけは記録してました。

最終的に、昨年読んだ本は73冊でした。

未達成、とはいえ目標の73%まで達成しているわけですからそれほど恥じることもないのかもなあと思うのですが、挫折感ってやっぱり体に良くないですよね。

 

挫折感といえば、毎日書くことにしていたブログが、気がついたら1週間おきぐらいにしか書けていないことも自分の中で小さくない傷になってたりします。つらい。

 

わたしなんかはあまりメンタルが強くないので、わざわざ自分でハードルを置いて、そこにひっかかって転んで傷つくみたいなのは、ちょっと無駄な苦労な気がしてます。

根が苦労性ですから、どうせやるなら幸福度が上がるような、自己肯定感が上がるようなやり方で日々を過ごす工夫をしていきたいものです。

 

2020年は、言うまでもなくヘンテコな年でありました。

年の終わりに近づく頃になると、Twitterなどではいろんな人が口々に

「2020年は、最後まで生き抜いたというそれだけで立派なのだよ」

というようなことをつぶやいて、自分や周りの人々を励ます様子が見られました。

わたしも、小さな挫折はたくさんあるのに、誇れることといえば「ただ生きた」ということ以外に何もないような気がしています。

それでも良いよ、というのは確かに救いのひとつではありましょう。

しかし、2021年に入ってもまだ同じ状況が続くのであれば、わたしはできれば「ただ生きた」だけではなく、少しは前進したという手応えを感じてみたいのです。

 

とはいえ、何をすればそのように思えるようになるのか、少しぐらいは自分を誇れるようになるのかはちょっとよくわかりません。

また難しい目標を立ててわざわざ自分から挫折感に引っかかりに行くようなこともしたくはないし。

 

同じようなことを考えている人が多いみたいで、2年も前に書かれたnoteの記事が新年早々大人気になっている模様です。

 

kensuu.com

 

ざっくりまとめると、

「低すぎるぐらいのハードルを設定して、毎日それをこなすことを続けていくとそれが習慣になる。習慣の積み重ねで、気がついたらいつの間にか遠くまで行けてるかも」

みたいな話になるのかな。

 

というところから考えると、わたしが昨年挫折した読書の目標も、たとえば「1日10ページは必ず読む」みたいなことに変えればいいのかもしれない。

だいたい10ページ読んだら勢いでその先まで読んでしまえることはわかってますが、どうしても忙しかったり眠かったりするときはホントに10ページ読んでやめてしまえば良いのだし。

ブログだとどういうハードルの下げ方がいいだろう。

今みたいに「1000文字以上書く(以前と同じ話は書かない)」みたいな縛りだとまあ1週間に1回書ければ良い方だなってのはわかるんだけど、だからって「1日3行、同じ話でもいいから書く」というハードルで本当に良いのかはちょっとわかんないな。

自意識過剰かもしんないけど、ブログって人の目に触れる場所だし、そういうつまんないものを置き続けていくのって、却って自己肯定感が下がりそうな気がするわ。

 

まあいいや。

ちょっと、ブログのことはおいとこう。

とりあえず、今日から1日10ページは本を読む、というのをやってみようと思います。