あてもなく

誰かへの手紙

細切れになることも、許容する



毎日最低10ページは本を読むというやつ、なかなか悪くないなあと、まだ始めて3日目だけど手応えを感じています。

本が読めなくなった理由は「なんか気が向かなくなった」ってことだったんですけど、その「なんか」の部分をもう少し掘り下げてみると、もうすこしちゃんとした原因が見えてきました。

 

わたしは、自分以外の人が同じ部屋にいる状態で文章を読んだり書いたりするのが苦手です。ドラマや映画なんかも、一緒に見るのは平気なんだけど、わたしだけが画面をみていて他の人はそれを見ていない状態だと全然楽しめなくなります。

特に話しかけられたり用事を言われたりしなくても、そこに人がいるというだけで気が散ってしまうのです。

(といっても、たとえば病院の待合室など赤の他人がただ居るだけの空間で本を読むとかは全然平気なんですけどね。あくまでも、家族などきちんとした関係のある人のことです)

だから、部屋に誰かがいる状態ではまずそういった作業を始めることが難しい。

 

さらに言えば、自分が書いたり読んだりしている途中で誰かが入ってきて中断されるのがかなり嫌いです。ものすごく気分が落ちる。

だから、誰かが部屋に入ってくる可能性が少しでもある時には、たとえその瞬間一人でヒマでも「よし、今から本を読もう」とか「ブログを書こう」という気分になりづらかったのです。

 

以前は、昼間に家にひとりきりになる時間が必ずあったし、誰かが帰ってくる時間は大体あらかじめ決まっているので、それまでの間は安心して読んだり書いたりすることができていました。

 

だけど、コロナの世界になってから家はそういう場所ではなくなりました。

今、夫はほとんど家で仕事をしています。

子供も、今でこそ学校に行っているけれど、春から夏にかけてはずっとオンライン授業だったし、この先もどうなるのかわからない。

もちろん、家族もそれぞれ忙しいのでそう頻繁にわたしの居室であるリビングにやってくることはないけれど、ちょっと合間に休憩を取ったり、リビング横のキッチンに飲み物を取りに来たりすることはあるわけで、以前のように「絶対にひとりの時間」というのが保証されている生活ではなくなってしまいました。

ここ1年近くの間、わたしはそういう生活を一時的なものとして受け止め、今だけの我慢と思ってやってきました。具体的には、ブログも読書もなんとなく諦めて、家事の合間のヒマ潰しには、途中で邪魔されてもそんなに気にならないスマホゲームばっかりやって過ごしていました。

だけど、ここへきてどうやらこの状況はそう簡単には片付きそうにないことがわかってきました。

例えばまだこれから半年とか1年とかずっと先まで、わたしは家事とスマホゲームの時間つぶしで過ごしていくのだろうか。

それってね、結構恐ろしいことだと思ったんですよ。

 

わたしは、変わらなくちゃいけない。

家の中に家族がいても、わたしは本を読んだりブログを書いたりするべきだ。

ただ、同じ部屋の中に人がいる状態で読んだり書いたりできないのはわたしの脳の仕様なのでちょっとどうしようもない。

ということで、せめて「読書や書きものを中断されても気分を害さない」自分になろうと思います。

 

その訓練として、1日10ページでも本を読む、というのは非常に良いんじゃないかと思うのです。以前は、読書といえば集中して物語に入り込み、ずっとページをめくり続けるような時間の過ごし方をするものでしたが、今はもう違うのです。

それができないからといって読書自体を諦めるというのももう終わり。

サッと読んでパッとやめるという行動を許容する。

細切れになってもちょっとずつでも、本の内容を自分の中に取り込んでいくことができれば「良し」とする。それでも、読書を諦めない。

ブログを書くのも同じことかもしれない。

そう思って、今日は「いつ中断されても構わない」という心構えで文章を書き始めました。途中で中断されたら、続きはまた後で(明日でも)書く、と。

1日10文字でもいいからブログを書く。

読書10ページと合わせてこういう目標もいいかもしれません。

(公開するのはまとまってから。だから毎日更新はできないと思う)

 

ちなみに、今日は一切中断されることなく1600字ほど書けちゃったんですけど。

そう、案外「いつでも来い」って思ってると来ないんだよねw

やだな、やだなと思ってると来る。そういうもんかもしれないですね。

 

今年の目標は

「細切れになることも許容する」

これでいってみようと思います。