あてもなく

誰かへの手紙

時間を捨てると、一気に老いる



最近は、こんなゲームにハマってました。

 

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お料理ゲームです。

制限時間内に、お客さんの注文に応えるべくガンガン料理を作る。

すごく忙しい飲食店でのワンオペを経験できます。

すごく忙しい飲食店のバイトはやめたけど、やっぱりちょっと好きなんだよね、こういう忙しいヤツ。

 

ステージによっていろんな料理が作れるし、グラフィックはかわいいし、そこそこ難しいし、頭使うし、全然飽きない。

ハート(遊べる制限)の消費にもよるけど、上手にやれば1時間ぐらい平気で潰れる。

 

普段の生活の中では頭や時間の使い道がないし、持て余してる自分とガッツリ向き合う勇気もないし、そもそも気軽に外に出て行けないから新しいことを始めることも難しいし、だからただゲームをして自分の脳をごまかしていたんですね。

ハートがなくなってゲームをやめると、めちゃくちゃ虚しさだけが残ります。

けど、また時間が経ってハートが溜まる頃にはやりたくなってるんだよな。

 

社会の状況は混迷を深める中、わたしはとりあえず「生きる」ということを最優先に考え、ひとまず心を無にして我慢の日々をやり過ごそうとしてきました。

欲しいものも行きたい場所も叶えたい希望も、ひとつもなくていいから、ただ今日1日を、このあと1時間を生きようって。

心を無にする手段として、空いた時間には無料のゲームばかりやってました。

心を無にしていなければ、とうてい自粛の日々を乗り越えることはできないと思ったのです。

 

しかしその結果、わたしはすっかり「おばさん」ぽくなってしまった。

それが昨日書いたお話。

元はと言えば、この状況の中で精神衛生を保ち、ひいては生命を維持していくためにやってきたことです。

でも、もしこのまま「おばさん」に身体を明け渡してしまったら、それは結局、わたしがわたしとして「生きている」ことにはならないのではないか。

そんなことも思いました。

 

この悩みは、事態が長期化してきたからこそ顕在化してきた悩みだと思います。

もしほんの数ヶ月か半年ほどの時間で済むのであれば、そこは緊急事態ですから、おばさんに擬態してやりすごすという作戦もそれなりに悪くなかったと思います。

しかし、これ以上長期化すると、擬態が擬態ではなく本当になってしまう。

だからといって急にここでもとの意識に戻したとして、わたしはこのコロナ世界を正気で生き抜くことができるのだろうか。

それはそれで、なかなかしんどいものがあります。なんて難しい。

 

そういえば、今年の初めにこういう文章を書いていました。

 

www.atemonaku.com

 

わたしは、昔からおっさんおばさんが

「40を過ぎると時間が経つのが早い」

だの

「大人になるとねぇ、”あーー”って言ってる間にもう1年経ってるんだよ」

とか言ってるのを聞くのがすごく嫌いだった。

絶対そうなってやるもんか、と思っていた。

 (中略)

おかげさまで、44歳になったわたしの時間は、あっという間には過ぎない。

楽しい時間も、しんどい時間も、まあまあおんなじ感じで過ぎる。

やればできるのである。

1日も、1週間も、1ヶ月も、1年も、長い。

今年も1年しっかり生きてやります。

 

「時間があっという間に過ぎる」とか言っちゃう大人になりたくなかったわたしです。

ところがどうでしょう。

3月の初旬頃から今日8月10日まで、それはもう、ワープしたかのようにあっという間の出来事でした。

最初は3月、4月ぐらいまではそうでもなかったけれど、5月あたりから加速がつき始め、7月なんて「びゅん」ですよ。

何一つ、思い出す事ができないぐらいあっけなく消え去ってしまいました。

ああ、これが「大人」の時間感覚なんだって思いましたね。

おかげで助かったのかもしれない。

だけど「そうはなりたくない」ってずっと前から思っていたので、やっぱりとても悔しい気持ちの方が強いです。