あてもなく

誰かへの手紙

時間が過ぎるのは本当に「あっという間」なのか? 大人の言うことに騙されたくないんだ

「よその子とゴーヤーは育つのが早い」というのは、華丸大吉の漫才の中で出てくる怪しい格言(?)だけれど、SNSのおかげか、案外よその子もなかなか育たないなあと感じている今日このごろです。

 

今日は、ほぼインスタでしかつながってない古い友人が息子さんの写真をアップしていて、「今年の春にはいよいよ保育園の年長さん。あっという間だなあ」というコメントを添えてるのを見た。

友人は「あっという間」だという。

しかし、わたしにはどうしても「あっという間」だとは思えなかった。

というのも、その友人のインスタには少なくとも週に1回はお子さんの写真がアップされる。わたしは大体毎回その写真を見ている。当たり前だが、ここ数年はずっと彼は保育園児だ。

そのせいか、わたしにとっては「えっ、まだ来年も保育園に行くの?!」という気持ちのほうが強い。

まあ、1歳からずっと保育園通ってるんだから、保育園時代ってのも大概長いわよねえ。

 

いや、SNSのおかげとも限らないかもしれない。

毎年年賀状のやりとりをしている別の友達のところの子は、今年の年賀状でもまだ小学生だった。もう永遠に小学生のままなんじゃないだろうかと思うぐらいである。小学校も6年と長い。自分が小学生だったときは、それこそ自分は永遠に小学生をやり続けるのでは無いかと思ったほどだ。

 

また、うちの子供は現在高校2年生だけど、成長の節目節目でそれを「あっという間だった」と思ったことは一度もない。どっちかっていうと、いつも「まだ○○歳か」と途方に暮れるのだ。

 

わたしは、昔からおっさんおばさんが

「40を過ぎると時間が経つのが早い」

だの

「大人になるとねぇ、”あーー”って言ってる間にもう1年経ってるんだよ」

とか言ってるのを聞くのがすごく嫌いだった。

絶対そうなってやるもんか、と思っていた。

 

だって、時間というのは一つの基準に基づいて流れているものだから。

自分に与えられた時間が「あーー」とか言ってるだけで1年過ぎてしまうなんてごめんだ。

時間は大事。何歳になっても、同じような濃さで1年という時間を使いたい。

だから、わたしは意地でも「時間が過ぎるのはあっという間だね」という感覚を当たり前のように口にする大人にはなりたくなかった。

 

おかげさまで、44歳になったわたしの時間は、あっという間には過ぎない。

楽しい時間も、しんどい時間も、まあまあおんなじ感じで過ぎる。

やればできるのである。

1日も、1週間も、1ヶ月も、1年も、長い。

今年も1年しっかり生きてやります。

 

時間の感じ方について書かれている文章をネットで探してみたら、こんなの見つかりました。なかなか面白かったのでご紹介。

 

rikunabi-yakuzaishi.jp

 

時間が過ぎるのが早く感じるのであれば、その過ぎゆく時間のスピードに合わせて行動すれば、時間が過ぎるのは遅く感じるはずなんだ。

つまり、「光陰矢の如し」という言葉のとおり、日々が矢のように過ぎていくのであれば、おめーは、矢のように忙しくなることで、その矢のスピードを遅らせることができるってわけさ。

 

舞台は薬局、新人薬剤師とベテラン薬局長の会話形式で書かれた文章で、上記の引用は薬局長のお言葉。設定では薬局長は45歳とのこと。同世代!

記事の中で紹介されている本もなかなか興味深い。

今年の100冊読書チャレンジの1冊にしてみてもいいかもしれない。

 

大人の時間はなぜ短いのか (集英社新書)