あてもなく

誰かへの手紙

1月の読書記録(3)



読書感想文を書くのは苦手だ。と、改めてかみしめながら感想文を書いている。

なんで苦手かって、感想文というものは絶対「面白かった」で終わるわけにはいかないのに、わかってても最初にでっかく「面白かった」っていうのが頭に浮かんでしまって、細かい感情の通り道を塞いでしまうからだ。

 

「面白かった」を横にどかして、丁寧に自分の思ったことを引っ張り出す作業はなぜだかとっても苦しい。書いてるウチに嘘くさく思えてきて、せっかく書いたものを全部消してしまいたくなる。

そんな自分を「せっかく書いたんだし、消すほどでもないでしょ」となだめすかして、なんとか感想文らしきものをアップし続けている。

そのような感じです。

 

そこまでして書いてる理由は何?って聞かれると困るけど、自分の気持ちを言語化するのに慣れておくのは、多分自分の身を助けることになるんじゃないかと、最近ちょっと思うようになってきたからなんだよね。

100冊本を読むこともそうだけど、ただ読むだけでなく、感想をきちんと言語化するということは、トレーニングなのだ。

 

というわけで、今日も張り切って行ってみよ~!

 

1月13日 佐藤愛子「九十歳。何がめでたい」

図書館で借りた

御年九十歳の女性作家による、字が大きくて読みやすいエッセイ本。

年齢にすればわたしの倍以上も生きてこられた人だけれど、同じ時代に生きて同じ出来事を眺めたときに綴られる思いは、わたしの考えとそれほど大きな隔たりを感じないことが、少し新鮮に感じた。自分が90歳まで元気でいられるとは全く思ってないけど、一方で、年を取ることに対する恐怖心が少し和らぐような気もした。

「そうだ!」と思うこともあれば「そうかなあ」と思うこともあるけれど、同世代であってももっと相容れない考え方を持っている人はいくらでもいる。

「スマホに頼りすぎてたら人間はバカになる」なんて、そこだけ読めばいかにも老害っぽいこともおっしゃるのだけど、スマホが何かよく知っての上での感想なのだから、よく知りもしないで一方的に新しい物を否定してかかるいわゆる老害とはちょっと違うのかなあと思う。

 

この中でわたしは「覚悟」について書かれた章に感銘を受けた。

新聞の人生相談コーナーに寄せられた相談と回答を読んでの佐藤氏の感想が綴られた章だ。

結婚したい人がいるが、親に反対されている。どうしたらいいかとの相談に対して、回答者は「相手を一生愛し続ける覚悟が持てるなら結婚しなさい」と答えるのだが、それに対して佐藤氏は、人生のある時点においてこの先一生変わらないと覚悟を決めるというのは難しいのではないかという。

そのときは一生物の思いがあったとしても、長い年月を経て、ああやっぱりわたしは間違ったかなと思う日は来るかもしれない。

もしそんな風に自分の気持ちが変わる時が来たとしても、その時点からやっぱり前を向いて最善を尽くすという「覚悟」を持つこと。

「覚悟」するとすれば、そういう「覚悟」のほうがよほど大事ではないのか、というのが佐藤氏の考え。

わたしはまだ44歳だけど、わたしもそう思うなあ。

自分が強くあるために「変わらない」ことを自分に課すみたいなのって結構ありがちなんだけど、それは人生から柔軟さ・自由さを奪うことにもなるし、ひいてはそれ自体が弱点になることもある。

それよりも「人間、生きてりゃみんな間違えるし考えも変わる」ぐらいのスタンスで、なんか違うなと思ったらその都度微調整しながら生きてくぐらいのしなやかさがある方がトータルで幸せに生きられるんじゃないかな、と。

わたしも最近そう思うようになりましたよ。

1月21日 中山可穂「ケッヘル(上・下)」

図書館で借りた

名前も知らなかった作者の本。タイトルだけで借りた。

「ケッヘル」というのは、有名な大作曲家・モーツァルトの研究家の名前だ。

モーツァルトの全作品には時系列で通し番号が付けられているのだけど、その番号のことが「ケッヘル番号」と呼ばれている。ケッヘルさんの研究の賜物なのである。

わたしはクラシック音楽が好きなので、そういう題材で書かれた小説だったら少々長くてもきっと興味を持って読むことが出来るだろうと思って、上下巻に渡って綴られているこの長い小説を借りてみたわけです。

で、まあ確かに音楽モチーフはふんだんにちりばめられている作品ではあったんだけど。フタを開けてみると、ちょっと思ってたんとは違ったかな。

内容は、ざっくり言えば「愛と憎しみが渦巻くサスペンスミステリー」という感じでしょうか。

モーツァルトの音楽と、欲望や嫉妬に運命を狂わされた人々が、世界を股に掛け、追ったり追われたり殺したり殺されたり。そして、時々お色気シーンあり。

なんかこういうの昔読んだことあるなあ、何だろうって考えてみたら懐かしい名前を思い出しました。

シドニィ・シェルダン。

わたしが高校生ぐらいの時にめちゃくちゃ流行ったんだけど、覚えてる人いるかな。

 

ちなみに、こちらの作品、お色気の半分は女性同士です。後から調べたところ、それがこの作者の方の作風だそう。

予備知識なくただ本のタイトルと表紙の感じだけでとりあえず借りてしまうというのは、図書館ならではの出会い。

そこは「えー」と思いつつも、全体的なストーリーにハラハラドキドキしながら一気に読んだ。

なかなか印象深い本でした。

 

今日はここまで。また明日~。