あてもなく

誰かへの手紙



続・高校の”図書館カフェ”ってどうなんだろう

今日は朝から出かける用事があり電車移動でした。

少しラッシュのピークが過ぎたころあいだったため途中で目の前の席が空き、座って行くことができました。

そこではてブを開いたところ、昨日話題にした「図書館カフェ」のことで、「そうじゃないんだよ」という新たな流れが出ていたので、今日もその話題で書くことにします。

togetter.com

同じ図書館カフェについて、別のサイトでの紹介記事がいくつか紹介されていました。

www.huffingtonpost.jp

morinooto.jp

この図書館カフェ、「教室で孤立しがちな子が人間関係やいじめの相談ができる」という程度のものではないようです。救おうとしているのは、もっと深刻な「孤立」。つまりは貧困家庭からの自立支援が必要な生徒を救うためのものだというのです。

あえて「相談窓口」などではなくみんなが集まるカフェという体裁をとっているのは、そこを訪れることで当事者に「支援が必要な子」のイメージがつかないための配慮でもあるとのこと。自分がその「支援が必要な子」である自覚を持つことができていないケースでは、「相談窓口」があってもスルーしていってしまう可能性が高いわけですので、「あそこに行けばおやつがもらえるから」と気軽な気持ちで誰もが近づける場所を窓口とすることは良いアイデアだと思います。

このような支援の機会と出会わなくても自立できた、そうやって苦労して大人になった人は世の中にたくさんいると思います。しかし、こういう出会いがより良い自立の道をつかむきっかけとなるならば、とても価値のある活動なんじゃないかと思いました。

 

12月の記事を読んでボランティアに参加してみようかなーと運営団体のサイトを調べたときに感じた「いい取り組みだ」という気持ちは間違いじゃなかったけれど、月が変わって逆の意見が出るとすぐにフラついてしまうだらしない自分がちょっといやですね。昨日わたしのTwitterのタイムラインは「図書館をウェーイに乗っ取られるなんてやだ」の意見で占められていたので、簡単に流されてしまいました。

昨日の記事に「自分は、年の割にはあまり「こうあるべき」ということにとらわれないほうの大人だと思う」なんて書いてましたけど、結局のところわたしだって自分の知っている範囲のことで物事を決め付けてしまう「とらわれた大人」なのかもしれません。