あてもなく

誰かへの手紙

家を整えると、身体の疲れも癒される 全部自分でやるとしても

こんにちは、たびのひとです。

なんとなく、このブログも週1更新というところに落ち着きつつあるのかしら。

無理なくゆるゆるとやっていきたいと思います。

 

今日は火曜日ですが、この前の土日は両日ともお出かけの予定があり、うち1日は昼間と夜でダブルヘッダーのお出かけをするという忙しさでした。

そんなこんなで、すっかり疲れ果ててしまったのでした。

まあ、どれもそこまでハードな活動ではなく、遊びといえば遊びなので「疲れ」といっても知れたものなのですが、基本家でゆっくりするのが好きな人間にとってはちょっとインパクトのある2日間となりました。

そのかわり、昨日・月曜日はごみ出し以外に家を出ないことにしたのでした。

 

で、昨日家にいながら思ったのですが、「家でゆっくりする」って言っても、自分のような主婦の立場では、1日中布団にもぐってゴロゴロしているようなことはできないわけですよね。病気で休むなら仕方なく1日中寝込むんですけど、昨日は、疲れてはいたけれど、寝込むほどでもなかったですし。

朝起きてから家族の食事の準備をして片付け、朝からの雨が上がってお昼頃には洗濯を干したし、家族1名分のお布団のカバーの交換をしたりもしました。掃除機もかけたし、もちろん夕飯も作りました。

 

土日家を空けていた分、家の中もなんとなく荒れている感じ。

お世話が足りていない家には、家自体に「疲労」が蓄積してしまうようなところがあるんですよね。

だから、おうちのお世話係としては、動き回って、その辺に置きっぱなしになっているものを拾ったり、汚れたものを片付けたりしてしまいたくなるのです。

 

そうこうしているうちに日は暮れかかり、夕飯を作る時間がやってきて、主婦が「休む」って難しいのね~とため息をつきかけたのですが、なんかね、気が付いたら、こんな1日を過ごした末に、案外疲れがとれてきている自分に気が付いたわけです。

 

ゆっくりしようと思っていたのに意外と家の中では動き回ってしまったし、なんなら「家事」という労働に従事していたにも関わらず、なんか疲れが取れている。

 

それで思ったんですよね。

自分のコンディションを整えるためには、自分の身体を休めることも大事だけど、家にたまっている疲れをとることも同じぐらい大事なことなのではないか、と。

たぶん、家自体に蓄積している疲れを取らずに休んでも、心の底からは休まらないのかもしれないです。

家事をして家を整えることで身体の疲れも癒される、という循環があるのだとしたら、家事をサボることはかえって回復を遅らせることになるのかもしれないなと思いました。

 

もし、わたし以外に家事をやる人がいるのなら、ゴロゴロしている間に家も自然に元通りになっているけれど、我が家の場合は自分以外にそれをやる人はいませんから、自分がやるしかない。

損な役回りのようにも思いますが、その分は、きっと気が付かないうちにトクしていることもあるのでしょう、きっと。


ちなみに、家事は疲れの上塗りにならない程度のユルい範囲でやるのがコツでしょうね。

若いころにはその辺の加減がよくわかってなくて上手に休むこともできていなかったかも。そのせいでイライラしていたこともあったかも。

 

年齢を重ねて、これから体力的には衰えていくとしても(今のところ、まだそこまで実感はないけど)、経験を積んでいい具合に家(=環境)と自分自身の回復の仕方がわかってきたのは、結構アドバンテージになると思います。

環境を回復させながら自分も回復する。そんなことが、これからの生活のキーワードになりそうな気がしています。