あてもなく

誰かへの手紙

ご飯をたくさん作らなくて良くなったら気が楽になった



最近、家族みんなから「食事は少なめにしてほしい」と言われるようになりました。

コロナの影響で体を動かすことが減っているのに、以前までと同じように食べちゃうと太ってしまうから、と。

わたし自身も以前より外へ行かなくなったので、あまりたくさん食べたくないなあっていうのはよくわかります。

それで、ここ半年ぐらいかな、ご飯を少なめに作るようにしてるんですが、やっと最近慣れてきました。

 

以前は、家族が夕飯の食卓にやってきたときに「物足りない」とか「なんか寂しい」という印象を持たれないように、見た目にもボリューム感あるものを用意するようにしていました。

ウチでは、物足りない献立のことを「地味メニュー」と呼ぶ習わしがありまして。

地味メニューも意図してたまやるには悪くないんですが、自分がそう思ってないタイミングで「今日は地味メニューだね」って言われるのが、わたしは実はとっても嫌でした。

なので、炒め物でも揚げ物でも、家族3人のところ4人前ぐらい作って分けてましたし、おかずを濃いめの味付けにして白ご飯もたっぷりお茶碗によそっていました。

「地味メニュー」が何日も続かないように、献立のサイクルにも気を遣っていました。

 

そこへ「少なめにしてほしい」というオーダー。

わたしは、これまでと180度逆の行動をしなければならなくなりました。

わたし自身は元々少食な方なので、わたしのお腹にちょうど良いようなご飯を用意すればいいんだろう、それならまあ簡単かな、と思ったのですが、長年「たーんとお食べ」モードでご飯を作っていたので案外頭の切り替えが難しかったです。

ちょっと気を抜くと、おかずが多めにできあがってしまう。

まあ、多い分には残しておいて別の機会に回せばいいだけなので、足りないことを心配するのに比べればずいぶんラクなんですが。

あと、お茶碗によそう白ご飯の量をこれまでの半分程度にしたのに合わせ、おかずの量を減らすのはもちろんなんですが、味も薄くするようにしました。

以前の「ご飯がススム」モードの味付けだとご飯との配分が合わなくって。

そうして、ここ1ヶ月ぐらいでやっと、今の家族にちょうど良い分量とちょうど良い味付けや献立が掴めてきたような感じです。

 

そうして慣れてみると、ご飯をつくるのも買い物に行くのもすっかりラクになりました。

今日は買い物に行かずにあり合わせで野菜炒めでも作ろうかなって思った時、以前ならお肉の配分が勝っていないと不安で結局追加のお肉を買いに行ったりしてたんですが、今では冷凍庫にあるお肉がちょっと少なめでも気にせず野菜炒めを作ることができます。

なんなら、そのぐらいの方が「ちょうど良い」と好評なぐらいで。

以前は、レシピを見てきちんと作ったはずなのに仕上がりのボリュームが足りなかったなんて時本当にガッカリで、食事の時間ギリギリまで必死になって別のおかずを追加で作ったりしてましたが、今はそんなことを考えなくてよくなったんです。

 

こうなってみてわかったのですが、わたしは食事を作ることに対してすごく責任を感じているみたいです。

以前であれば、みんなをお腹いっぱいにさせなければいけない、食後には「ああ、食った食った」と満足感を与えなければいけない、ってことがプレッシャーでした。

少々物足りなかったからといって直接的に文句を言われたり怒られたりしたことがあったわけでもないんだけど、わたしは「ちゃんとしなきゃ」って自分にプレッシャーをかけていました。

 

食事(特に夕飯)っていうのは家族にとって楽しみなものだと思います。

1日の終わりに「なんか違う」っていう思いを残してもらいたくない。

そういう意味では、必要な食事の量の多い少ないにかかわらず、ちゃんと作らなきゃというプレッシャーは同じなわけですが、とりあえず、そもそもの必要量が少なければ、「物足りない」と思われる確率はおのずと低くなるわけなので、やっぱり今の方が気が楽です。

 

何気なくただご飯作ってるだけのようで、案外プレッシャー感じながらやってんですよー。

って、自分でも気がついてなかったよ、ってお話でした。