あてもなく

誰かへの手紙

「世間体」としての清潔感について



昨日は雑談からお風呂掃除の話になりました。

あの後わたしお風呂に入ったんですけど、昨日はメガネを外すのを忘れてお風呂に入ってしまいました。(10日に1回ぐらいやる失敗)

湯船に浸かってしばらくしてから「あ、メガネかけてるわ」って気がついたんですけど、メガネかけてお風呂入るとね、まあよく見えるんですよ、汚れがw

あんな記事を書いた後だから余計に気になっちゃったんですけど、わたしがお風呂の汚れのことあんまり気にしないのって、絶対メガネ外してお風呂入ってるからだよね。

ちなみに言えば、わたし以外の家族も全員目が悪いから、誰もあんまりお風呂の汚れが気にならないんだよね。

 

メガネのおかげで汚れに気がついてしまったので、自分の身体を洗う前にお風呂の掃除をしちゃいました。

基本的に手荒れが心配なので素手でお風呂の掃除をすることはあまりないんですけど、昨日はできるだけ洗剤に手が触れないようにブラシで気になるところだけゴシゴシこすってサッと流しておきました。

それで、今日改めてすこしきっちりお風呂の掃除をしておきました。

 

普通の部屋の掃除はコードレスのスティック掃除機が主流になってから全然苦にならなくなったんだけど、お風呂の掃除は全然イノベーションがないですよね。

たとえば、ルンバみたいな全自動の風呂掃除機があるなら買いたい。

ていうか、お風呂場なんて食洗機のでっかい版みたいなもんなんだし、ユニットに内部洗浄の機能もつけて売り出せばいいのに。中に洗剤をぶち込んで、ドアをきっちり閉めて「スタート」ボタン押したら1時間ほどでできあがり!とか。

LIXILさんあたり、考えてくれないかなー。

 

さて、昨日はこの話題にコメントを2件いただきました。

1件は「自分は毎日掃除する」という方。もう1件は「きれいに保てるなら毎日でなくてもいい」という方。

おそらくわたしはどちらとも違って、汚れてきたと思ったら掃除する派なのかもしれない。

裸眼レベルで汚れてきたと思った時に掃除するぐらいなので、ひょっとしたら相当汚いかもしれない。

 

2件目の方は「世間体ではきれいレベルが高くて疲れてしまう」ということも書き添えてくださってて、わたし、この意見には大変頷いてしまいました。

わたしもさすがに、リアルな友達に向かって「お風呂なんて汚れてきたなと思ったとき掃除すれば十分よーわっはっは!」と豪快に言い切ることはできないな。

そう、まさに「世間体」です。

 

ブログは匿名だし、本当にウチのお風呂がどんな具合なのか誰も確かめることが出来ないと思うので、わりと自由にこういうお話ができます。

こういう場でぐらいは、本当のことを書かないと疲れてしまう。

 

最近ほんと「世間体」のキレイってやつに疲れるなあって思っています。

 

ちょっと話が逸れるかもしれないけど。

今日、普段あまり行かないスーパーで買い物したんですけどね。

入口のところに行列が出来てたんですよ。

何やってんのかなーと思って見てみたら、先頭のところにカートやカゴの持ち手を拭くためのペーパーと消毒液が置いてあって、それを使うための列なのでした。

 

わたし、スーパーの入口でカートやカゴを拭くのは、ほんっと意味ないと思ってます。

最初にカートやカゴを拭いたって、途中で棚の商品に触ったら、もう元の木阿弥なのに。

そもそも、ウイルスは手に付くだけでは感染しない。だから、買い物が終わって家に着いてから手を洗えばそれで十分なんですよ。

 

なので、わたしはそういうのをいつもスルーするんですが、ひょっとして、カートを拭く行列の中に知り合いがいて、うっかりお互い挨拶してしまったら、わたしはカートを拭かずに堂々とその横を通り抜けられるだろうか?とちょっと考えてしまいました。

わたしは、ものすごくいろいろ考えて自分なりに「こう」と決めていることがあるわりに、人前に出ると日和って周囲に合わせてしまう弱さがあるので、自分を貫ける自信がありません。

それが、世間体ですね。

 

周囲の雰囲気に呑まれて、本来の自分の主義に反することを受け入れてしまい、後から「あーあ」って思っちゃう。

ま、そういう日和見っぽいところがあるからこそ、こんだけ偏屈でもあまり敵を作らず平和に生きてこられたのかもしれませんが。

ま、いいや、話が逸れすぎました。

 

ともかく、そういう意味でも「こう」と思うことは「こう」と書けるブログがあるのは自分の精神には良いものだと思います。

書いておくと、少しはしっかり自分の考えを大事にできるので、以前よりは周囲に流されずに済む確率が上がってる気がします。