あてもなく

誰かへの手紙

瑛人「香水」という曲の歌詞についての考察



最近、ウェブを開くとドルチェ&ガッバーナの香水の広告ばかり出てきます。

例の歌が流行って、ドルチェ&ガッバーナってなんやねん、と、調べてしまったせいです。

 

瑛人さんの「香水」という曲ですね。

春先ぐらいからラジオで流れるようになって、あれよあれよと思っているウチにどんどん広まって、ついに、7月24日放送の『ミュージックステーション夏SP』に出演が決まったようです。

 

さて。

わたし、この曲の歌詞で少し気になってしまったことがありますので今日はその話題で書いてみたいと思います。

 

この歌は、昔付き合っていた彼女と3年ぶりに再会した男性の気持ちを表現したものです。

概要としては「離れている間に自分も彼女も変わったけれど、彼女が付けている香水だけは変わっておらず、その匂いに思わず昔の気持ちに戻ってしまいそうになる」という感じでしょうか。

 

この歌、最初から最後まで否定の言葉がすごく多い歌詞です。

 

別に君を求めてないけど 横にいられると思い出す

君のドルチェ&ガッバーナの その香水のせいだよ

 

「別に君を求めてないけど」

「別に君をまた好きになるなんてことありえないけど」

「何もなくても楽しかった頃に戻りたいとかは思わないけど」

 

別に、別に、けど、けど、けど。

気持ちが昔に戻ってしまいそうなのは全部「香水」のせいだ、と。

 

そして、わたしが引っかかった最後のサビです。

 

別に君をまた好きになるくらい君は素敵な人だよ

でもまた同じことの繰り返しって

僕がフラれるんだ

 

「別に」とくれば、後ろは必ず否定形の文になるのが普通です。

これ、国語の文法的に言うと「副詞の係り受けの慣用」というものなんですけど、その慣用を守らないで書かれた文を読むと人は少し混乱した気持ちになります。

これ、作者が意図してそのようにしたのか、それともパッションのままに書いたらそうなったのかはわかりませんが、その「混乱」がすごく効果的に働いているような気がします。

 

歌の中の「僕」は繰り返されるサビで「別に君を求めてない」と何度も彼女への気持ちを否定しますが、最後の最後、「別に」と歌い始めたにもかかわらず結局「僕」は「君のこと好きになる」気持ちを否定できなかった。

 

つまり、これがどうしても包み隠せなかった本音ってことになるのでしょうね。

 

そう思って最初から歌詞を見てみると、「僕」の否定文は全部ウソばかりってことがよくわかります。

 

「別に君を求めてないけど」→求めてる

「悲しくないよ悲しくないよ」→悲しい

 

それから、時々挟まれる自虐的な部分。

 

でも見てよ今の僕を

クズになった僕を

人を傷つけてまた泣かせても

何も感じ取れなくてさ

 

でも見てよ今の僕を

空っぽの僕を

人に嘘ついて軽蔑されて

涙ひとつもでなくてさ

 

人(あたらしくできた恋人だよね)とうまくやれなくて、傷つけても、「僕」は「別に」平気でなんとも思わないんだよ。

僕は変わったんだ、クズになったんだ、と。

でも、後ろから読むとこれも、まあ、ウソなんですよね。

自虐しながら心は「そんなことない」って叫んでいるのです。

 

「別に」というのは否定の結論を導く慣例がある副詞ですが、受け答えなどで否定の気持ちを表すために単体で用いられたりもしますよね。

昔、有名な女優さんがインタビューで「別に……」と答えて大きなバッシングに発展したこともありましたが、単なる否定ではなく、投げやりな、ふてくされた印象を与える言葉です。

それが歌詞の中で多用される。

 

ふてくされて「別に」と自分の素直な気持ちを否定し、「僕はクズだ」と自虐する。

でも、最後隠しきれなくて「君は素敵な人だよ」と叫んでしまう。

そんなところがとても人間くさくて、多くの人の共感を生んだのではないでしょうか。

 

でも、3年ぶりに会った元カレがこんなだと、元カノから見たらどうかしら?というようなことも少し思ってしまいました。

「また同じことの繰り返し」

っていうのは、なんか当たってるような気がしてしまいますねw