良く言えば「ゾーンに入る」とかいう現象なのかな。
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ファストフードのバイトでは、わたしは普段は主にカウンターに立ってお客様の注文を受ける部分を担当している。
ご注文を伺ってレジ端末に入力、それからお会計。
これはこの店で働き始めた当初からわりと得意なほうの仕事である。
店の仕事は細かく、
- 注文を受ける人
- 商品を製造・調理する人
- できあがった商品を取り揃えて梱包(またはトレーに乗せる)人
- 中身を確認してお客様に渡す人
という具合に分業化されているので、注文を受ける人はその後のことを心配する必要が基本的にはなくて、次々レジにやってくるお客様をひたすらやっつけていけばいい。
わたしは並行作業が苦手なので、他のスタッフの動きを気にする必要がほとんど無く1対1でお客様と向き合う仕事のほうが気楽だ。
さて。昼時になるとお客様が絶え間なくやってくるようになる。
事件(というほどでもないが)はそんな時に起きた。
それまでに何十人もの注文を連続で処理していたわたしは、まさにノリにノっている状態で、客と私とレジ以外は存在しない、シーンとした世界に放り出されたような感覚を味わいつつ接客を行っていた。
それはおばさま仲良し二人組のお客様だった。
二人は、一緒に食事するがお会計は別々がいいということだったので、順番に注文を伺うことになった。
一人目のおばさまの注文をサクッと伺って、次のおばさまを「次のお客様どうぞー」とお迎えしたところ、その方、かわいらしく微笑みながら、
「わたしも同じものを。ウフフ」
と、おっしゃったのだ。
(同じもの……???)
(……えーっ、同じもの~~~~~?!?!?)
その瞬間、わたしのゾーンはバグってしまった。
「何でしたっけ?」とサラッと聞き返せばいいものを、混乱したわたしは2~3人ぐらい前で受けたらしき注文をとっさに思い出してババッと入力してしまい、元気な声で
「はいっ、850円です!」
と、架空の会計をはじき出した。
困惑するお客様。
「えっ……」
「えっ……」
そこで初めてゾーンが解けて、
「申し訳ありません。”同じもの”って、何でしたっけ……」
と、聞き返すことができた。
お客様もやさしい人だったので、
「あらっ、そうよね、きちんと注文しなきゃいけなかったわよね、ごめんなさい」
と逆に謝ってくださり、その場は事なきを得た。
我に返ると、急にドッと汗が出てきて、喉の渇きと疲れを感じた。
ほんの数秒前に対応したばかりの客の注文の記憶が一切残っていないというのも怖いけれど、レジを回してるだけでそこまで過集中な状態に入り込んでしまった自分が怖い。
生産性、効率、色んな考え方はあるけれど。
わたしのいる店は食券ではなくあえて人が接客するスタイルをとっている。
その意味を考えると、かわいらしく微笑んで「わたしも同じものを」と求めたお客様の気持ちが通じない店員は機械以下かもしれないなと思った。
「ゾーンに入る」というとなんかちょっとかっこいいけど、レジ担当がゾーンだと、場合によりそんな機械以下の存在に陥ってしまう危険もあるのだなあ。
本来「前の客の注文を覚えておく」というのは、仕事上まったく必要ではない部分ではあるので、まあ、そんなに悪いことしたわけでもないんだけども、そんなことも覚えていられないぐらい頭が空っぽだったことが露呈したのが恥ずかしい。
とりあえず、集中するのもほどほどにしなければ、と思った出来事でした。