あてもなく

誰かへの手紙



パート主婦が置かれた状況も様変わりしたなと思った話

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昨日は、前職のパート仲間だった友達と久しぶりに会ってお茶をしました。

彼女はわたしと同じ時期に採用されて会社に入った同期で、働いていた当時はよく昼休みに食事をしながらなんやかんやと話をしていたものでした。

昨日も、働いていたときと同じように、仕事の話とそれ以外の話が半々ぐらい。

 

「会社」というつながりがなくても、わたしと友達でいてくれることは本当にありがたいことだし大切にしたいなと思っています。

大人になったら友達はできなくなる、と言いますが、そんなこともないんですね。わたしにとっては、むしろ子供の頃よりも大人になってからのほうが人と仲良くなるのが難しくなくなりました。

 

と、それはさておき。

 

職場の話を久しぶりに聞いて思ったことがあるので今日はその話をします。

 

結局いつもの仕事の愚痴みたいな話になるなのは相変わらずだけれど、会社やその中で働く人たちが置かれた状況は以前とは様変わりしているように思えてドキッとしました。

これが社会全体の変化なのか、あの会社独自の変化なのか、これだけではわかりませんが。

 

すごく変わったな、と思ったのは、職場の上長が

「あなたたち(パート)だってこの仕事が無くなったら困るんじゃないのか?」

という言葉をあからさまに使って圧力をかけてくるようになったということです。

 

以前は、ポーズにしろ建前にしろ、

「あなたたち(パート)のおかげで助かっています」

という前提があってその上でコミュニケーションが行われていたので、ずいぶんな違いに驚きました。

 

どういうときにその言葉が使われるかというと、今までやっていた業務のやり方が変わったり新しい仕事を上長から依頼された時にパートさんが「それは難しい」「困る」という反応をした場合など。

以前は「社員がきちんとサポートしますから、そこをなんとか」となだめすかしたり、引き受けてくれた人には「ありがとう!助かった!」と大げさに感謝をしてみせたりと低姿勢だったのが、最近では、難色を示したパートに対して「仕事がなくなると困るのはキミのほうなんじゃないの?」と脅してくるというのです。

 

もともと、あの会社がパートをたくさん雇った背景には、正社員がやっていた仕事をどんどんパートに移管することで経費節減を推進するという狙いがありました。それはある程度成功していて、だから職場全体の中で「パート=ありがたい存在」という扱いになっていました。

しかし、最近ではその部署自体が上層部から削減対象として目をつけられ始めたようなのです。それこそ、わたしが素人目に見てもいくらでも自動化・効率化できそうな仕事が満載だったので、おそらくその辺りの目処が立ったのではないかと思います。

 

さて、部署を削減ということになると上長は管理職である必要がなくなってしまうので、それは上長自身にとって死活問題です。そこで、上長は部署の削減を免れるために小さな仕事に名前を付けて「業務」に仕立て上げてみたり、既存業務の手順を複雑化することで必要な人手をかさ増ししようとしました。

そのプロセスで、パートたちに新しい仕事が言いつけられたり手順の複雑化が指示されたりするのですが、なにも知らないパートたちは「これ以上いろんな仕事をやらせるな」と反発を示します。もともと、たくさんお給料もらってるわけじゃないのに社員みたいな仕事をさせられてるって、心の底では不満に思いながら働いていた集団なんですから。

そんな板挟みのようなやり取りの中で、上長は「部署が無くなったら、パートたちも職を失う。だから、これはパートたちの雇用を守ることにもつながっているのに、恩知らずめ」という気持ちになり、それが

「あなたたち(パート)だってこの仕事が無くなったら困るんじゃないのか?」

という発言に繋がるのだと思います。

 

というわけで。

これはこの会社独特の問題のようでもあるけれど、実際、社会全体でそんな風に潮目が変わってきている感じがしなくもありません。

労働者の非正規化も行き着くところまで行った感があります。

この先さらに経費削減を進めようとしたら、もはや「非正規にやらせる」が解決策にはならないんですよね。

まだ小手先の業務のかさ増しでごまかせるだけ、前職の会社は余裕があると言えるかもしれません。(当の上長はあと1年半ほどで定年なので、おそらくその1年半逃げ切れればいいやぐらいの感じなんだろうな)

 

そういうことを考えてみると、以前のような基準で「パート勤めに出る」時代はもう終わりが近いのかもな、と思います。

すでに「働く」とか「稼ぐ」ということの形や意味は昔とは様変わりし始めている世の中で、わたしも自分自身のこれからのことは新しい基準で考えていかなければならないだろうなと思いました。

 

もともと、誰かに雇われてナントカっていうのだけが仕事ではないと思ってきたので、それはそれで良いんじゃないかと楽しみに思う部分もあります。