あてもなく

誰かへの手紙



情報過多というか、同じことを繰り返し何度も見聞きしてしまうことの影響 テレビがしんどい

f:id:atemonaku:20180419133120j:plain

新年度が始まって、わたしは朝、以前よりも早起きするようになりました。

5時半に起きてから家族が出払うのが7時過ぎ。起きてすぐ時計代わりにテレビをつけて、それからずっとテレビはつけっぱなしです。

テレビがついていれば、いちいち時計を見なくても、番組のコーナーの流れで大体の時間がわかるので便利だし、朝の時間管理には欠かせない存在です。

わたしがテレビをつけていなくても起きてきた家族が必ずテレビを付けますし、テレビは何気ない朝の風景の中に溶け込んで、わたしにとっても当たり前の存在でした。

しかし、今日ふと「テレビがしんどい」と思う瞬間があったので、そのことについて考えてみたいと思います。

 

民放の朝の情報番組は大体、5~8時/8~10時の2つの時間帯で構成されています。

どちらも「情報番組」ですが、少し流れを変えて出演者も変えて別の番組として放送されています。

5~8時の部では一つ一つの話題が小刻みになっていてテンポよく番組が進行するようになっています。

8~10時の部では早い時間帯の番組よりも一つの話題に対して割かれる時間が少し長くなり、コメンテーターなどの意見も盛り込みながらじっくりと伝える形になっています。

 

5~8時の部の番組では、ニュース・天気予報・dボタンで参加するゲームのコーナー・街の流行りを紹介するコーナー・バラエティ企画など少しずつ盛り合わせた30分ぐらいのユニット繰り返し放送しているような形になっています。

それぞれの時間帯によって、流行やバラエティ企画は少しずつ切り口を変えてきますが、ニュースは毎回同じ内容を流します。

朝早い時間の視聴者は時間帯ごとにどんどん入れ替わるので、どの時間帯であっても今日のニュースを初めて見る人のために重要なトピックから放送しなければならないからだと思います。

普通に朝から出勤なり登校なりする人であれば、起きてから家を出るまでせいぜい1時間ぐらいでしょうか。誰かが用意してくれた朝食を食べて後片付けもお任せという立場の人なら30分ほどで家を出ることも可能ですよね。

その人達は、食事をしたり身支度をしながら今日のニュースをうっすらと頭に入れて、すぐに外出してしまいます。

大体30分のサイクルで同じニュースを配置しておけば、何時に起きて何時に出かけても、一度は今日のニュースのラインナップに触れることができる、というのが5~8時の間の、時計替わりプラスアルファのテレビの役割だと言えるでしょう。

 

8時になるとほとんどの勤め人や学生は外出してしまい、そこから、家族を送り出し終えた主婦(夫)の時間が始まります。

ようやくテレビの前に座ってホッと一息付いた人のために、じっくりと今起きているニュースを掘り下げて伝えます。扱うニュースは、朝5時からおよそ30分毎に繰り返し伝えてきたものとほぼ同じものです。

それらの問題について、専門家を呼んでみたり庶民代表みたいな芸能人を並べたりして、出演者同士が会話をしながら「このニュースを聞いたわたしたちは、どう受け止めどう反応するべきか」の手本を示そうとしているかのようです。

 

さて、朝起きる時間が早くなったことによって、わたしがテレビの音声を浴びている時間は以前よりも長くなりました。家族が出かけてしまった後も無意識にテレビをつけっぱなしにしてしまうこともあるので、うっかりすると5時半から10時の間の4時間半も朝の情報番組が流しっぱなしになっています。

あまり気にしていなかったのですが、今朝、家族がいなくなった後急にリモコンを投げたくなるぐらいテレビに腹が立ってしまう瞬間が訪れて、これはもしかして「ニュース疲れ」のような症状が起きているのではないかと思いました。

 

ココ最近一番大きく取り扱われているニュースでは、証拠となる録音データがあって、それが繰り返し流されます。その内容は、わたしにとっては大変不快な内容です。

視聴者は30分ほどで入れ替わっていると考えられているためニュースは30分毎に繰り返す、という意図はわかりますが、家族の世話をしながら長時間に渡ってテレビの音声が届く範囲で活動している者にとっては、毎回それを聞くたびにダメージを受けるので負担です。

そして、8時からはさらにコメンテーターまで交えて、不快な音声についてじっくりと掘り下げが始まります。

もういい加減にしてくれ!と。

 

どうしてあの音声を何度も繰り返し流したり、ナレーターを使って再現までしたりして皆に広く伝えたいと思うのか理解できません。

刺激的な内容を面白がりたい、人の汚い内面を暴くことに快感を覚える。

「あなたもそうでしょう?」「面白いからシェアしますね」という意図があるように思えて、二重の意味で不快に感じます。

 

去年、女性議員が秘書に対して激しい罵声を浴びせているシーンの録音データが繰り返し放送されていて、聞いていると身体に不調を感じるぐらい気分が悪くなったことがありましたが、今回の内容もなかなかのものです。

 

嫌なら聞かなければ良い、のですよね。

テレビのスイッチはわたしの手の中にあるんだから。

少なくとも、家族が出払って時計の役割を終えた後はテレビを消すようにして、自分の心を守るようにしなければいけないなと思った次第です。