あてもなく

誰かへの手紙

仕事も「家事」に含めるべきという文章を読んで



f:id:atemonaku:20180326161712j:plain

はてなブックマークでこういう記事を見つけたので今日は久しぶりに家事の分担方面についての話をします。

anond.hatelabo.jp

 

わたしも以前からちょっと「家事をしない人」への風当たりについては違和感を持っていたので非常に興味深く思いました。

なんというか、家事をしないってそんなに悪いことかなーと。

 

当ブログでも何回かこういう記事を書いてきました。

www.atemonaku.com

こちらは、「自分ばかりやらされてる」と感じる前に、本当に分担してまでその家事をやる必要があるのか考えたほうが良いのでは?という話。

 

www.atemonaku.com

こちらでは、

夫に家事を負担してもらいたいのは、自分の大変さを軽減したいからというよりも、それによって夫が家庭のことも大事に思っているという証を得たいという感情の問題ではないのか、というような事を書きました。

 

けど、結局わたしが言いたかったことはこの

仕事から帰ってきた夫を「今日はまだ何も家庭に貢献してない」とか思ってない?

仕事も立派な家庭のための「家事」だと思うんだよ

という部分に集約されているように思うんです。

 

夫が外で働いて家族全体の生活費を得ていることへの「負担」を一切カウントせずに家事負担だけをもって「家庭への貢献」をはかろうとすると、妻は「夫は家庭のために何もしてくれない」と感じてしまうようになってしまいます。

そして、それは「寂しい」とか「みじめだ」という感情につながって、妻は苛立ちを募らせる。

不穏な空気を察して、夫が妻の顔色を伺いながら目に見える家事をすこし手伝ったとしてもそこまでくると逆に「名も無き家事の大変さをわかってない!」怒りを買うことにもなりかねません。

 

この悪循環を根本的に断ち切るにはまず「夫がなにもしていない」ことになってしまうような評価のものさしを見直す必要があるのではないかと思いました。

 

本当にあなたの夫は家庭をかえりみないひどい人なのか。

本当にあなたの夫はあなたに何もかも押し付けているのか。

要は物の見方の話なのですが、見方を変えると、ほかは何も変えなくても案外うまくいくようになることってあると思うんですよね。

 

わたし自身そうやって自分を変えてきて、不遇感を克服してきたので。

もちろん、個人の感想なんですけどね。