あてもなく

誰かへの手紙



なぜ夫に家事を負担してもらいたいのか?

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先日、「家事の分担は必要か」という記事を書きました。

その翌日にこのニュースを見かけたのでタイムリーでした。

mainichi.jp

言っていることはわかるし、「あるある」ですよね。

ただ、やっぱりこの手の問題は、どんなに「問題だ」と騒いだところで解決しません。

この記事でも、ちょっと腹立つ事例をいくつか挙げたあとに、最後は「男性の育児休暇取得率が増加すればちょっとは良くなるかも」で締めくくられているだけなので、現在進行形で不満を持っている層が解放される手段は何も示されていないと言って良いでしょう。 

 

記事で取り上げられている共働き夫婦のケースで考えると、二人ともフルタイムで働いていて、家事の分担割合は「妻9:夫1」となっています。

今これでひとまず日々が成り立っているということは、おそらく妻が、通勤時間短め・定時上がりという形で仕事の時間を圧縮し、夫よりは家を空ける時間が短く済むように調整をしているのだろうと推測します。だから妻は9までの家事負担ができています。

しかし、この生活では妻が仕事+家事負担でへとへとなので、家事の負担を減らしたいと考えている。

そこで、せめて「妻8:夫2」できれば「妻7:夫3」に移行したいと考えるのですが、現状すでに夫に家事をやって”もらう”ためのお膳立てが大変すぎて妻側の負担はちっとも軽くならない状態なのに、さらに知恵を絞って負担割合を変えようとするのは、あまりにも努力に対してワリに合わないのではないか。そんなお話です。

 

さて、そうなると考えてしまうのは、

「そんなにしてまで夫に家事をやらせなければいけないのか?」

ということです。

それならいっそ、「妻10」でよくない?

(たぶん夫さん、1もやれてないよ。もともと「妻9.5:夫0.5」だよ。残りたった0.5ならいっそ自分でやったほうが早いよ)

それから黙って妻が自分の持分10の内訳を「自分7:やらない1:外部2」ぐらいに切り分けてしまえばいいんじゃない?と思ってしまいました。

そのほうがずっと満足度が高いように思います。

 

それでも夫に家事を負担してもらいたいのは……。

最近の”イクメンかっこいい”・”家事ができる夫は素敵”という風潮によるものが大きいのかもしれません。

夫が家事を負担してくれる。それが「愛情の証」みたいな。

その流れを受けて、夫が自分から家事をする夫に生まれ変わってくれればそれに越したことはありませんが、そうではない人が自分を惨めだと感じるようになってしまうとすればそれはあまり良い風潮とはいえなくなってしまいます。

「家事を夫に負担してもらえないわたしはは惨めだ」

からの、

「世間に恥ずかしくない程度に夫にも家事を負担させたい」

という心の動きが問題をややこしくしているのではないかと感じました。

 

何を大切に思うかは人それぞれですが。

「夫が家事をしてくれない」ことへの不満と、「自分が家事で忙しい」ことの不満をいっしょくたにせず切り分けて考えてみると、結果として自分の不満を最大限減らす手がかりがつかみやすくなるかもしれません。

そんなことを考えてみました。

 

まーなんというか、自分以外の人間なんかアテにしないほうが結局ラクやん?ってことです。

わたしが散々戦って見つけた結論でもあります。